才能と狂気、圧倒的な知識と批評眼をもつ、ファッション界の唯一無二の存在、カール・ラガーフェルド。作家のアンドリュー・オヘイガンがその素顔に迫る

BY ANDREW O'HAGAN, PORTRAIT BY JEAN-BAPTISTE MONDINO, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 人々は何が実際に欲しいのかについて彼の考えをつっこんで聞いてみると、彼は答えを濁した。あまりにも明らかに見えるが、彼にとっては非常に神秘的なものの存在を、知的な言葉で語ってしまうのを警戒しているからだ。彼はあまりにもたくさんのことを知っている。だが、多分、知ることによってそれが蒸発してしまうのではないかと恐れるあまり、知りたくないものもあるのだろう。

「私は実はとても表層的な人間なんだ」と彼は言った。
「そしてそれを何とかしようとしている。君が言うように、私はアイコンになってしまったし、そうなると現実にどっぷり浸かって生きることは不可能だ。街の通りをふらっと歩いたりすることも、もうないし」
「たとえば、一度もパリに行ったことがない若い人たちがいますよね。でも彼らはあなたを見て、あなたの中に自由を感じるかもしれない」
「それはこの世でいちばんの賛辞だよ」
「そういう人々が買っているのはハンドバッグではなく、信念ですね」
「そのとおりだ」と彼は言った。
「私はマーケティングはやらないし、マーケティングが何を意味するのかもわからない。シャネルでは、私はマーケティング関連の会議に出ない。私は働いている。だが、仕事に惚れ込んだ瞬間から、仕事はもう仕事ではなくなるんだ」

 私たちは健康や体重のことや昔のライバルたちのことは話さなかった。彼は以前その手の話題について語り尽くしていたし、彼の沈黙のほうが今はそれらを雄弁に語っているようにみえる。

 突然、彼は友情について話したがった。忠誠心をめぐる問題について機関銃のようにまくしたて、自説を朗々と披露した。その間、私は彼の部屋にあるジェフ・クーンズ製作の見ているだけでうれしくなるような掃除機の彫刻に見入っていた。

「人々が自分の足で歩けなくなると、私は時には彼らを道ばたに残して歩き続けた」と彼は言った。
「悪いとは思ったが、戦いは続くんだ。古きよき昔の話を聞くのはまっぴらだ。健康問題についても聞きたくない。母のことは愛していたし、父は別の惑星から来たような人だった。私の姉たちやいとこたちについては、私はほとんど何も知らない。彼らのほとんどはもう亡くなったが、それすらもよく知らないんだ。それでも私は他人が必要だとわかってはいる。私は自分の世話はきちんとやっている。ポンコツの車みたいな身体でいるのは心地よくないからね。以前、占い師に見てもらったとき、言われたんだ。他人のために生きることをやめれば、あなたの人生が始まります、と。私はそのとおりに生きているんだ」

 彼はすでに死んでしまった偉人たちを恋しがっているのだと思う。彼は友人たちを愛してもいるのだろう。だが賢い彼は、過去を懐かしんでもそこから何のエネルギーも得られないと知っている。

「朝起きたときに、あなたが少年だった頃と同じ目をしていますか?」と私は聞いてみた。
「私は近眼だ。現実という眼鏡をかけることはあえてしないんだ」

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