才能と狂気、圧倒的な知識と批評眼をもつ、ファッション界の唯一無二の存在、カール・ラガーフェルド。作家のアンドリュー・オヘイガンがその素顔に迫る

BY ANDREW O'HAGAN, PORTRAIT BY JEAN-BAPTISTE MONDINO, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 彼は、私たちの後ろにある大きな彫刻を一瞬じっと見つめた。パリのマレ地区のとある壁の内側に200年間隠されていた作者不明の彫刻だった。「いいかね」と彼は話し始めた。「素晴らしい芸術作品の数々は、ほとんど金をかけずに創作されている。近頃では、金持ちの人間は美術品を買う前にその作品の価値が上がるまで待つ。なぜだと思う? 彼らはたとえその作品が素晴らしくても、安い値段で買ったものを自分の家に飾るのを必ずしも喜ばないからだ。だが私はウォーホルとバスキアの作品を何点か持っていたが、人にあげてしまった。時の流れにさらされてもなお価値が残る作品だとは思えなかったからだ」

 謙虚さというものは、嫉妬と同様、そうとはわからないように見せるほうがいい。だが、ラガーフェルドはもっともっといい仕事をしたいと、性急なほど熱く求めている。ふと視線を上げると、米国の画家の(ジェームズ・マクニール・)ホイッスラーについて書いてある本が目についた。私は誰かが語ったホイッスラーについての意見を覚えている。それは「彼の問題は、まるで自分に才能がまったくないかのようにふるまっていることだ」というものだった。

 ラガーフェルドの態度はまったく正反対だ。彼は真に天賦の才能を与えられた者がもつ、ごく自然な自己への疑いをもっている。さらにその自己への不信を、アクセントの効いた個性としてこちらに差し向けてくる魅惑的な力も持ち合わせているのだ。だから自然に、私はつい彼の自己不信や疑いを取り除こうとしてしまい、気がつくと、彼がいかにも聞いてほしいと願っているような種類の質問をしてしまっているのだった。

「誰もがみんなあなたの顔を知っていますよね」と私は言った。
「それはあなたにとって奇妙に感じることですか?」
「でも普通に生活している中では、自分の顔のことなんて、私は考えていないよ」
「私はいつでも常に私の顔のことを考えてますが」
「だけどそれは君がハンサムだからだろう」
「それほどでもありませんよ」
「私の母はよく言ってたな。『おまえの鼻はじゃがいもみたいだ』って。だから鼻の穴にかけるカーテンを特注しなきゃと思うよ! 母はこうも言っ たな。『あんたは私に似てるけど、私よりも見た目がよくない』って」

 仕事に関しては彼はこう言う。
「私はいつも自分はもっと上手にできるはずだと思っているんだ。自分が欲しいものの前にはガラスの壁が立ちはだかっていて、それを打ち破って手にすることができないでいる感覚をいつも味わっているよ」
「自己に満足してしまうことは、ある意味、死のようなものですから」
「そうだ。私はいろんなことに満足しているが、私自身には満足していない」

「あなたのお父さんは優秀なビジネスマンでしたね」
「そうだ。だが、彼は別の惑星から来たような人だった」とラガーフェルドは言った。
「父は私とあまりにも違いすぎて、彼に何かを質問することすら、考えもつかなかったよ。父の母がすごく意地悪な人だったのは知っている。彼らは不思議な人たちだ。わかるだろ。彼らはプロテスタントからカトリックに改宗したんだ。最悪のパターンだよ」
「どうしてですか?」
「彼らはヒステリックで、ちょっとのことでも大騒ぎするんだ」

 

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