BY OGOTO WATANABE
真鶴にふたりを訪ねてから1年がたった。2020年初夏、ここしばらくオープンデイは“お休み”だ。1月は写真家・大社優子さんによる“撮影会”の企画が荒天で延期されるが、ショップはオープン。2月はお客さまに安心してもらえるよう消毒剤も整えてこぢんまりと開かれたが、お知らせのメールには「道中長いのでご無理のないように」という言葉が添えられていた。花々が半島を彩る3月以降、“お休み”を伝えるメールが続いた。新型コロナウイルスの影響をふたりに尋ねた。
「いろいろと思うところはあるものの、海や空を見ながら仕事をする日々にそう変化はないかもしれません。人のあいだに物理的な距離ができるぶん、心をつなぐことがいっそう大切になっていく気がします」。直接販売は中止だが、仕立てた分をサイトから届けることはできる。基本は“定番”だから、リピーターも多い顧客たちは素材感や色あいを見て、ワードローブに新風を入れる一着をサイトから選べる。生地や染色をお願いする業者も国内の小規模運営なので、問題なく“通常運転中”だ。仕立ては、靖さんと個人のお針子さんたちが在宅で作業するので、生産体制に変化はない。「お針子さんたちとはメールやラインで連絡とりながらやっています。服を作るうえで一番大事なことを共有できる大切なチームです。なんでも話し合えて、お互いポカしても笑って許しあえる。そんな関係に助けられています」
この春は定番の服のほか、着け心地の良さや清潔感を保つ工夫を考えたオリジナルのマスクを作った。SNSで知らせたところ、多くの問合せが来た。懸命にミシンを踏み続けたが仕上がる数には限りがある。「本当に困っている人から届けたい」とひとつひとつ丁寧に話を聞いた。医療現場や対面での食品販売ほか、切迫した状況下にありながら“自身が感染源には絶対になれない”という切実な気持ちで働く人たちから先に届けた。“私はまだ大丈夫だから、もっと困っている人からお先にどうぞ”ーーそんな優しいメッセージが多く寄せられたことが、ふたりを何より元気づけた。
“自分たちのできることで、誰かの暮らしが楽しくなれば”という思いで服を作ってきた。だが、ふたりはだんだんに“仕事を通して少しでも、たいへんな思いをしている人の助けになることができないだろうか”と願うようになり、その思いは少しずつ形をとり始めている。サイズレスで性別を問わないデザイン。ストレスフリーで、寝ながらでも着脱が容易でありつつ、着る人にも周囲の人にも楽しみが生まれるような服があれば―― それは、則美さんが母の介護をしていた頃から育んできた思いだ。「洋服を楽しみたいけれど、それが難しい。そんな状況にある方に、自分たちなりのアイデアで喜びを添えられたらいいなと思って」。ふたりは志を共にする人たちとつながり、“ユニバーサルウェア”の構想を温めている。
「自由帳」はふたりの間で静かに継続中だ。地球全体を覆う不安が日常を大きく変えた日々、気持ちをおおらかに平らかに支えてくれたのは、海や空、身のまわりの自然だとふたりは言う。「それから、なんだか“ホロリ”とするものや“クスリ”とさせられるものに力づけられましたね」。ふたりは今、手を動かしながら、そんなホロリとクスリの素を、自由な気持ちで生み出している。さりげないけれど、家にあればじんわり気持ちが温まるものたちを。
20世紀が終わる頃、ひょんなことから出会ったふたり。そこから次々とページがめくれ、本人たちが予想もしていなかった面白い日々へ。気づけば20年以上、共に働き共に暮らしている。「同じ位置に立つというよりも、その都度、前衛と後衛に分かれたり入れ替わったりしながら闘ってきた感じです」と頷き合う。「いろいろあるけれど、ふたりで笑って暮らせていたらなんとかなるかなって。真鶴の海や空を見ているとケセラセラ、なんです」
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