パンクムーブメントやクラブシーンといったニューヨークのサブカルチャーに強い影響を受けてきたデザイナー、アナ・スイ。シグネチャーのベビードールや、無秩序に重ねたファブリック、目がくらむような鮮やかな色使いをメインテーマに、フェミニニティとグランジをミックスした独自の美学を貫きつづけている

BY LIGAYA MISHAN, PHOTOGRAPHS BY TINA BARNEY, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

 もしファッションが言語であるなら――ファッションとは、自分が何者なのか、またはどんな人でありたいかを表す手段であり、生きていくうえで必要な鎧や幻想であるならば――ひとりきりでいるとき、私たちは、ファッションで何を、どうやって語るというのだろう。服が家の中で着るだけのものになり、画面でたまに顔を合わせるバーチャルな訪問客以外、誰にも会わなくなったら、服は人を変身させる力を失い、単に体を保護するだけの布に変わってしまうのだろうか。

 新型コロナウイルスが世界に広がった2020年、多くの主要都市がロックダウンに踏みきり、大規模な集会は禁じられ、モード界きってのハイライトといえるショーの開催も取りやめとなった。ランウェイを闊歩するモデルも、フロントロウでひけらかされる最旬スタイルも、フォトグラファーが人を押しのけて撮り歩くストリートスナップも立ち消えた。華やかににぎわう夜の街で、どこかで有名人とすれ違ったり、「見て見て、あの人たち何着てる?」と観察したりする楽しみも、今はすべてが幻となってしまった。

 1981年に自分の名を冠したプレタポルテブランドを立ち上げた、ニューヨーク在住のデザイナー、アナ・スイ。常に多様な人々やカルチャーシーンと密接に関わりながら創作活動をしてきた彼女は、ロックダウンで味わった孤立感をとりわけ奇妙に感じたという。彼女のクリエーションと“ディスタンス”は相容れないのだ。

「アナ スイ」はデビュー当時から独自のスタイルを築いていた。80年代に全米でヒットしたTVドラマ『ダイナスティ』風の全身ギラギラスタイルや、肩幅の広いパワースーツなどといったトレンドをはねのけ、ヴィンテージとロックのフィーリングを織り交ぜた、しなやかでどこまでもフェミニンなワードローブを提案してきた。一見カジュアルだが、じつは緻密に何層も素材を重ね、独自のアンテナでさまざまな時代と場所のエッセンスを取り入れた服は、大人への移行期にいるティーンエイジャーの女の子の複雑な心境を表している。ベッドルームで、ヒッピー、プレッピー、パンク、不良、自由人とスタイルを変えては違う自分を発見し、そのたびに別の自分に生まれ変わる女の子たちを描き出しているのだ。

画像: アナ・スイ。2021年8月18日、ニューヨークのノイエ・ギャラリーにて

アナ・スイ。2021年8月18日、ニューヨークのノイエ・ギャラリーにて

 スイ自身もさまざまなことをきっかけに新しい自分を見つけてきた。彼女が大人の仲間入りをした70年代は、NYダウンタウンのアンダーグラウンドシーンがまさに最盛期で、「CBGB」や「マクシズ・カンザス・シティ」といったクラブへ毎晩のように通っていた。「アナ スイ」の服が象徴するのは、手が届きそうもないゴージャスな生活ではなく、パーティへの招待状だ。大勢の中で誰よりも輝いていて、時間なんて気にせずに夜明けまで仲間と騒ぎ、初対面の人ともいつの間にか友達になっている――そんな存在になれるように背中を押してくれる服なのだ。こうしたパーティのシーンひとつとっても、やはりリアルに人が集ってこそ生き生きとしたイメージが立ち上がるのであり、バーチャルな世界からこの鮮やかさは生まれない。だが、前回の秋冬コレクションにおいては、五感を刺激するフィジカルなショーを披露できなかった。デジタル配信する以外、スイに選択肢はなかったのだ。

 こうして昨年2月、オンラインで配信した2021-’22年の秋冬コレクションの動画は、スイ自身が感じたフラストレーションを示そうと、ジョー・マソット監督の英国のカルトムービー『ワンダーウォール』(1968年)をアイデアソースにした。幻想的なこのコメディ映画は、孤独な科学者が、狭く薄暗いアパートに帰宅するシーンから始まる。鬱々とした毎日に慣れきっていながらも心のどこかで不満をくすぶらせていた彼はその晩、書斎の壁の小さな穴から差し込んでくる光と、壁に投影された不思議な像に気づいた。光源である穴から隣の部屋をのぞくと、女優ジェーン・バーキン扮するモデルが艶めかしいポーズをとっている。その瞬間、標本箱の中の蝶が舞い始め、彼はこの穴から眺める“自分にしか見られない秘密の映像”に胸をときめかせる。バーキンの美しさだけでなく、彼女が催す奇妙なパーティから、鮮やかなマルチカラーで太陽光線風のモチーフを描いたクロゼットまで、科学者は彼女を取り巻く世界の虜になってしまう。熱に浮かされた彼が次々と壁に穴を開けると、まるで夜空に瞬く星座のようにそれぞれの穴からまばゆい幻想風景が浮かび上がる。希望を見つけた科学者は、それまでとは違う、鮮やかで生き生きとした人生を歩み始める。

「アナ スイ」の動画にも、この映画にあるようなサイケデリックなクロゼット(スイと頻繁にコラボレーションをしている背景美術アーティストのサラ・オリファントが制作した)が登場し、中から次々とモデルたちが現れた。特に目を引いたのは、フワフワした毛並みのカウプリントのバケットハットや、ウィンドウペン(註:窓枠のような格子柄)のツイード。グラデーションチェックや、目を見開いたクジャクのモチーフをプリントしたクラッシュド・ベルベット。ランプシェードのフリンジのような裾飾りが特徴のフェイクスエードパンツ。雲や星をハンドペイントしたボーイフレンドデニム。幾何学的なアイレットレース(註:鳩目に刺しゅうを施したレース)とバルーン袖、手首のフリルが特徴のハイネックブラウスの上に重ねたのは、スパンコールのドレスだ。ラメ糸のストライプが効いた、床に届きそうな丈のニットベストには、同素材のタイトなショートパンツと、大小さまざまな花柄のシャーリング・メッシュのトップスを合わせている。プレーリースタイルのレースをあしらったアイボリーのカフタンは、まるでウェディングドレスのようだ。動画の中のモデルたちは、バーキンが映画で演じた女性とは違って、誰かに見られているのを知っている。これは人に見られるためのパレードなのだ。彼女たちはスクリーンの向こう側に閉じ込められたのぞき魔、つまり観客である私たちを見つめ、壁を越えてこっちへ来てごらんと誘いかける。現実世界から切り離された、舞台セットの中に閉じ込められていても、「アナ スイ」のワードローブは圧倒的な存在感を放っている。そのパワーは常に不変なのだ。

画像: ノイエ・ギャラリーのカフェにて、スイと彼女の姪たち。左からチェイスとジャニー・スイ=ワンダーズ姉妹、そのいとこのイザベル・スイ HAIR BY GARREN AND THOM PRIANO FOR R+CO BLEU, MAKEUP BY JONATHAN WU AND JEN EVANS

ノイエ・ギャラリーのカフェにて、スイと彼女の姪たち。左からチェイスとジャニー・スイ=ワンダーズ姉妹、そのいとこのイザベル・スイ
HAIR BY GARREN AND THOM PRIANO FOR R+CO BLEU, MAKEUP BY JONATHAN WU AND JEN EVANS

 5月初旬、マンハッタンのガーメントディストリクト(註:ニューヨークのファッション産業の中心地)内、西38丁目のやや北側にあるショールームで、今や60代になるスイに会った。ショールームは「アナ スイ」の世界そのものだ。床は一面スカーレットで壁はラベンダー色、ティファニーのステンドグラスのランプシェードのレプリカや、蚤の市で購入して黒に塗ったという家具が配されている。あちこちで目につくのがフラッパーヘアに、濃いまつ毛とハート型のリップが印象的な「ドーリーヘッド」の張り子だ。イタリア系アメリカ人アーティスト、ジェマ・タコーニャの作品に着想を得て、1992年にソーホーのグリーン・ストリートに開いた最初のブティックを飾るために、スイと友人たちで手作りしたそうだ。その頃のソーホーは少し古びて煤(すす)けたような印象があったが、アーティストや夜遊び好きな人たちに人気のたまり場だった。だがグリーン・ストリートが高級ブティック街に変わり、そばにルイ・ヴィトンの店が建つと彼女はさすがに驚いて、2015年に2ブロック南にある、もっとのどかなブルーム・ストリートにブティックを移転した。

 この日のスイは、エレガントかつ遊び心も秘めたダークフラワー柄のセパレーツを着て、おもちゃかお菓子のようなアクリルのチャンキーリングを重ねづけしていた。小柄だが人目を引く彼女は、まるでインテリアの一部のように、その空間にしっくり溶け込んでいる。静まり返った室内で私たちはマスクをつけたまま話をした。スイは物腰のやわらかな人だが、コロナ禍の特殊な状況がもたらした重荷を抱えたような、考え込んだ表情を見せることがあった。「こんな素敵なショールームがあるというのに一年以上誰もここに来ていないのよ」。そう残念そうに言った。

 パンデミックが始まってすぐの頃、スイはグリニッチビレッジの自宅で一日じゅうひとりで過ごしていた(彼女は独身で、母親とふたりの兄弟は故郷であるミシガン州で暮らしている。父親は2013年に他界した)。そのアパートメントにはシノワズリを中心に、フランスのロココ様式、ヴィクトリア朝、アールデコ、ミッドセンチュリーモダンといったエレメントがちりばめられ、彼女が好きな時代を自在に行き来するような、ファンタスティックな魅力がある。親友のファッションフォトグラファー、スティーブン・マイゼルがここを“ナルニア国”(註:英作家C・S・ルイスの童話『ナルニア国物語』の舞台)と名づけたように、巣ごもりするにはぴったりの素敵な空間だ。

それでもスイは無為な日々に不安を感じて、日課を立てて料理をするようになった。じつはそれまで一度も料理をしたことがなかったという彼女に、母親が電話越しに料理の手ほどきをしてくれたそうだ。だんだんと料理に慣れてきたスイは、友人を招いて鶏を丸ごと煮込んだスープを振る舞うことにした。だが完成後に気づいた。店で取り除いてもらった臓物の入った紙袋が、鶏の真ん中に入ったままだったことに。「チキンスープは一巻の終わりよ」と彼女は悔しそうに言った。

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