BY OGOTO WATANABE, PHOTOGRAPHS BY SHINSUKE SATO(STILLS)
マチュアな大人は何を着ればよいのだろう?
「過剰なデザインのものは飽きがきてしまいそう。定番はもう持っている。せっかく買うなら、どシンプルよりも、ちょっと気持ちが上がるものがいい。上質な生地で仕立てられた、着心地がよいものを。そんな風に大人は思うのではないでしょうか」
表参道のフロムファーストビル2階。クリーンだけれどゆったりとした空気が流れる「オカイユ」で、オーナーの恩田登喜枝さんはそう語る。
店内には恩田さんの目で選びぬかれた国内外のブランドやヴィンテージの服や靴やバッグ、アクセサリーなどが端然と並ぶ。中でも編集部が注目するのはテン ハンドクラフテッド モダンの服だ。スタイリストをはじめ、お洒落の“通”に愛好者が多いブランドである。
テン ハンドクラフテッド モダンの服は1着1着のたたずまいそのものが美しい。やわらかな空気をはらみながらも構築的で、軽やかなのに彫刻のような存在感をあわせ持つ。だからであろう、店内には洗練されたギャラリーのような気配が漂う。
上の写真のドレスは、張りのある素材が肉感をおさえて身体をきれいに包み込みつつ、印象的な円いフォルムを実現する。クラシックな趣とモダンさが共存するのも魅力だ。一見シンプルなドレスに凛とした表情を添えるのが、緻密にとられたタックだ。タックはすべて手で縫われているという。
「作業は大変ですが、タックが好きなんです。ギャザーだと甘くなってしまう」と、このブランドを手がける都島圭さんは言う。
服を作る上で大切にしているものを尋ねると「素材、パターン、縫製仕様。この3つの要素の三角形のバランスを常に考えています」と都島さん。
「きれいなシルエットを作るには適した素材が必要です。歩いたときの揺れ感や動いたときの美しさを出すにも素材は重要です。パターンは、着たときのきれいさはもちろんのこと、着心地のよさにも影響するので徹底してこだわります」
都島さんは、故・小池千枝さんの最後の教え子のひとりだ。小池さんは1950年代にパリで立体裁断の技法を学んだ後、高田賢三、山本耀司をはじめ多くのファッションデザイナーを育成、日本のファッションを世界レベルに押し上げた立役者である。「小池先生に教えていただいたものはとても大きい。たった1mmの違いで着たときのラインが変わってくる。仕上がりが驚くほどきれいになる」
この卵色がかった上品なクリーム色と白いオーガンジーを重ねた二重のアウターは、二つの工場でそれぞれ作られる。縫製仕様が異なるので、その技を得意とする工場も異なるのだ。都島さんは縫い代をはじめ、縫製仕様の細部までこだわりぬく。
「着続けたときに違いがわかるんです。例えば1900年代初頭のワークウェアとか今でもきれいに残っているんです。細部まで丈夫に作ってあるんですね。極力、昔の服のような丁寧な縫い方で、洗ってもダメにならないような仕様にしています」
2着分で1着、その手間はたいへんなものだが、着る人はああもこうも楽しめる上に長く着られる。
「大学時代に服がすごく好きになってしまって。理工学部を卒業して就職も決まっていたけれど、自分の人生を考えに考えた挙句、研修前に辞めて文化服装学院に入学し、服作りを学び始めました」
独力で作り続け、2004年に「テン」を立ち上げた。
「とにかく10型だけ作ろう。力のある10型を、本当に作りたいと思うものだけを作ろう」という決意がブランド名に映し出されている。以来、ビジネスバランスを考えず作りたいものを作ってきた。最初の約10年、パターンはもちろん、縫うのも染めるのも編むのも何から何までひとりで行った。「今となっては頑なだとも思いますが、そういう風にしなくてはできないものを作っていました」 ミリ単位でこだわるパターンや、表は一見シンプルなのに裏は実に複雑で手のかかる縫製仕様に理解を示す工場との出合いもなかった。
ひとりの人が全てを作り上げる究極の1着。注文が入れば寝る暇を惜しんでも手間は惜しまずひたすら作る。大晦日も仕事をしていた、と笑う。
転機が訪れたのは約4年前。無理を続ける姿を見かねた友人が、よい縫製工場を紹介してくれた。「僕よりも遥かに腕のある人たち、そして、ものづくりに寄り添おうとしてくれる素晴らしい人たちと出会えたのです」。限界を超えたところで良い縁を得て、『テン」の服は『テン ハンドクラフテッド モダン」としてより多くの人に届くようになった。
「ボトムなどの一部を除いて基本はフリーサイズなので、背が低い人も高い人も似あうように、痩せている方が着てもふくよかな方が着てもきれいに見える服作りを常に心かげています。主張を入れ過ぎるとイメージを限定しまうので、過剰になりすぎないようデザインの差引を考えます」と都島さん。着心地も大切なので、実際に着用した状態で手を上げたりしゃがんだり動いたりしたときの快適さ、美しさのチェックにも余念がないそうだ。
「時代に左右されない普遍的なものを作りたい。その中で、今だからこそ、というものもあるし、何年作り続けても飽きないものもある。限定はせずに、作りたいものを作っていきたい」と言う。
「ナチュラルな人は少しクールな印象に。ポップな人が大人っぽく装いたいときには、落ち着きを持たせてくれる。誰にでも寄り添いつつ、その人らしい表情で様々に装うことのできるので、お子さんの入学式などのセレモニー用にと選びつつ、デイリーにも愛用されるお客様もいらっしゃいますね」初期の頃から都島さんの作品を見守り続け、現在はPRも担う恩田さんは語る。
「テン ハンドクラフテッド モダンの服には「キレ」と「品」と「抜け」が必ずある。そのバランスが絶妙だと思います。また、その3つこそ大人がリアルクローズに求めるものなのではと思います」
オカイユ
住所:東京都港区南青山5-3-10 フロムファースースト202
営業時間:13:00~18:00
定休日:火・土曜
TEL.03(6427)2079
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