BY KIMIKO ANZAI
だが、悲劇は8月15日と16日に起こった。わずか2日間で、なんと2カ月分の雨が降ったのだ。多量の雨はブドウの生育に悪影響をもたらす。ブドウにとっては大敵の灰色かび病を引き起こすボトリティス・シレネア菌が発生したのだ。ヴァンサン率いるチームは、毎日畑に出てブドウを選別した。病に侵されそうなものはいち早く間引いたという。
「私たちは毎日畑に出ていたので、ほぼすべての畑のブドウの生育を把握していた。だから、どれを選別すべきか、チーム全員が瞬時に理解することができたのです」。そして無事、収穫のスタートを9月15日と決定することができたのだった。

オーヴィレール大修道院。ここでドン・ピエール・ペリニヨン修道士は発酵して泡が生まれたワインを飲み、「神様、私は今、星を飲んでいます!」と祈りを捧げたと伝えられている

ドン・ピエール・ペリニヨン修道士。「あの畑とこの畑のブドウを合わせるとおいしいワインができる」と畑を熟知し、”アサンブラージュ(ブレンド)の名手”と称された
さて、ここでグラスを手にして、ヴァンサンとともに「ドン ペリニヨン ヴィンテージ 2010」を試飲する。アンズや黄桃など、ストーンフルーツの香りがふわりと立ち上り、次第にブリオッシュやスパイスが顔をのぞかせ、実にアロマティック。果実味には凝縮感があり、酸味はフレッシュで限りなく美しい。

今年、大きな被害を被ったのは主にムニエ。「ドン ペリニヨン」はムニエを使用しないので、難を逃れたという

瓶口に集められた澱を取り除く「デゴルジュマン」という作業。この後「ドザージュ(リキュール添加)」をしてシャンパーニュが出来上がる。開封した瞬間、豊かな香りに圧倒される
「成功の鍵となったのは“本能”でした。私たちは知識や技術など、すべての態勢を整え、細やかにブドウと向き合った。そして時期を見極め、一気に収穫へと動いたのです。それはまるで、スポーツ選手が試合を行っているかのような勢いでした。チーム全員が、ほぼ直感で動いていましたからね(笑)」とヴァンサンは満面の笑みを見せる。“奇跡のヴィンテージ”はこうして生まれたのだ。
「私は、『ドン ペリニヨン』とは永遠に続く光の螺旋のようなものだと思っています。毎年、その螺旋上で新しいストーリーを紡いでいる。過去からの学びと私たちの新たな挑戦の結果である2010年ヴィンテージもしかり。『ドン ペリニヨン』は、こうして新たな高みを目指して未来へと続いていくのです」。

「ドン ペリニヨン ヴィンテージ 2010」価格未定 ※ 日本発売は2020年11月予定
シャルドネとピノ・ノワールをブレンド
PHOTOGRAPHS:COURTESY OF DOM PÉRIGNON
幸福の余韻に浸りつつ、次回の来日をヴァンサンに聞くと、彼はこう答えた。
「今年中には、なんとか(笑)。日本の皆さんに、早くこの2010年ヴィンテージを楽しんでほしいですからね」。
再会を約束し、そして、少し温度が上がった「ドン ペリニヨン ヴィンテージ 2010」をひと口。読み取れるのは太陽と風、そして大地のニュアンス。ヴァンサンが伝えたかったのは、グラスの向こうにある人と自然の奇跡の物語だったのだ。
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