「ラス&ドーターズ」は、人気のベーグル、ビアリ、そして魚の燻製を100年以上にわたって提供してきた。しかし、そのレガシーはフードだけではない

BY REGGIE NADELSON, PHOTOGRAPHS BY PAUL QUITORIANO, TRANSLATED BY G. KAZUO PEÑA(RENDEZVOUS)

画像: (写真左)開店当初のスタッフが立つ1940年代のラス&ドーターズ COURTESY OF RUSS & DAUGHTERS (写真右)ラス&ドーターズの現オーナー、ジョシュ・ラス・タッパーとニキ・ラス・フェダーマン。2人はアン・ラス・フェダーマンの孫にあたる

(写真左)開店当初のスタッフが立つ1940年代のラス&ドーターズ
COURTESY OF RUSS & DAUGHTERS
(写真右)ラス&ドーターズの現オーナー、ジョシュ・ラス・タッパーとニキ・ラス・フェダーマン。2人はアン・ラス・フェダーマンの孫にあたる

 奥にある壁には、家族写真が飾られている。創業者であるジョエル・ラス、娘3人と彼らの子どもたちーー20世紀を横断してきたその白黒写真は、感情に訴えかける何かがある。多くの歴史がそこにあり、長い年月が過ぎたことを物語る。

 店内では、スライスすることを専門とする6人ほどの職人と接客スタッフが働く。質問に答えたり、注文を受けた際には、白衣を着た彼らは顔を上げて対応する。常連客に気づくと、子どもや家族について、話を交わす。副店長のチャプ・シェルパは、「ニューニョークでは“シェルパ・ロックス”と名乗っているんだ」と冗談を言う。彼は若い頃、登山家たちをエベレストのベースキャンプまで案内する仕事をしており、また2012年、ハリケーン・サンディがニューヨークを直撃した際は、その影響で足留めをくらっていた人々の元へ、12回も食料を届けた。

「サンドウィッチをお作りしてもよろしいですか?」とマネージャーのひとりであるヘルマン・ヴァーガスが声をかける。ヘルマンは、ドミニカ共和国から渡米して以来、30年間以上、ここで働いている。
「ハーフ・サイズで」と私。「さっきラトケを食べちゃったから」。
「バターは少し?」

画像: (写真左)クレーム・フレッシュと滑らかな繻子のようなピンク色の“ノヴァ”をのせた、ラスのきつね色のラトケ (写真右)店のカウンターの裏には、青色のキャビアの缶や、シナモンとチョコレートのバブカが1列、積まれたベーグルやビアリ、開店当初から変わらぬデザインの買い物袋がある

(写真左)クレーム・フレッシュと滑らかな繻子のようなピンク色の“ノヴァ”をのせた、ラスのきつね色のラトケ
(写真右)店のカウンターの裏には、青色のキャビアの缶や、シナモンとチョコレートのバブカが1列、積まれたベーグルやビアリ、開店当初から変わらぬデザインの買い物袋がある

 彼は、私にカスタム・メイドのサンドイッチを作ってくれる。トーストしたビアリにバターを軽く塗り、チョウザメと鮭の燻製をのせたものだ。ヴァーガスは、ラスで働きながら英語を、また年配の客とも話ができるようにイディッシュ語を学んだ。ラスの一番いいところは、そこで人々の交流がうまれることだ(もちろん、チョウザメの燻製も、であるが)。祝日前に訪れると、それがいかなる祝日であろうと、店内は人々、その親と子どもたち、そして、おそらく子どもの頃からこの店を訪れ、いまは祖父母になった人たちでいっぱいになる。

 注文を待つ間も、ひたすら雑談が続く。ニキの父親であるマーク・フェダーマンは、ロックスで商売する道を進むために弁護士業を辞め、長年にわたって妻のマリアと店を経営してきた。彼のおしゃべりは一流で、とても良い人物だった。もちろん、今も。そしてニキとジョシュも、その技術をうまく身につけている。

 もうひとりのマネージャーであるジョアンナ・シップマンは、ノルウェー産の鮭の燻製が好きなようだ。彼曰く、ラスのフードの最高の楽しみ方は「友だちや家族と、自宅で」だ。

 魚を販売しているカウンターの向かい側には、ドライフルーツが宝石のように積まれている。アプリコット、パイナップル、デーツ、梨、パパイヤ。ガラスのビンの中には、チョコレートに覆われたゼリーや、ハヌカー用の3種類のハルヴァ(練り胡麻などに油脂と砂糖を加えた郷土菓子)とドーナツが入っている。また、ルゲラー(ユダヤ人の菓子パン)、塩キャラメルのマカロン、 “ブラック&ホワイト・クッキー”(ニューヨーク名物である白黒のクッキー)も並ぶ。

 すべてが「ブルックリン海軍工廠」に新しくできた、ラスのキッチン施設で焼き上げられたものだ。そこは、あまりにも広くて白く、清潔で香り高い。ジョエル・ラスは、きっとそのような場所を天国だと想像していたのではないか。現在は、そこにも直売店がオープンしている。

画像: マネージャーのひとりであるヘルマン・ヴァーガスは、30年間以上、ラス&ドーターズで働いている。鮭の燻製を細かくスライスする優れた技術の持ち主で、「芸術的なスライサー・ヘルマン」として知られている

マネージャーのひとりであるヘルマン・ヴァーガスは、30年間以上、ラス&ドーターズで働いている。鮭の燻製を細かくスライスする優れた技術の持ち主で、「芸術的なスライサー・ヘルマン」として知られている

「最後にお土産にどうぞ」とジョシュは言い、きつね色のベーグルを渡してくれた。
「ブルックリン海軍工廠」で焼かれるラスのベーグルもまた、ニューヨークでナンバーワンかもしれない。とても素晴らしいベーグルで、ノーベル賞級の、金色の命の輪と言っても良いだろう。ツヤツヤと輝いていて、表面がしっかりとしたベーグルは、堅く、歯ごたえがある。(ユダヤ系アメリカ人の作家であり、ユダヤ系アメリカ人の生活を題材にした小説で知られる)フィリップ・ロスの小説を読んでいるような味がするのである。

 小説『オペレーション・シャイロック』の中でロスは、1940年代に、日曜の朝食のための食材を家族ともに買いに行った、ニューアークの店の香りを思い出す。

「……酢、玉ねぎ、白身魚や薫製ニシン、そしてあらゆる酢漬けられたもの、コショウで味付けされたもの、塩漬けされたもの、燻製にされたもの、浸されたもの、煮込まれたもの、マリネにされたもの、干されたものの苦い香り。その匂いには、このようなユダヤ人向けの食材店自体がもつような“血筋”が感じられる。その血筋を辿ると、“シュテットル”(かつて東欧に見られた、小規模のユダヤ人コミュニティ)を通り抜け、中世のヨーロッパにあった他の地域から隔離されたユダヤ人街へと続くのであろう。 店内にあるのは、質素に暮らし、オシャレな食事をする経済的な余裕がない人々の栄養源となった食べもの、船乗りや大衆の食べものであった。彼らにとっては、古くから受け継げられてきた保存食の味は、命そのものであった」

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