豊かな風土に彩られた日本には、独自の「地方カルチャー」が存在する。郷土で愛されるソウルフードから、地元に溶け込んだ温かくもハイセンスなスポットまで…その場所を訪れなければ出逢えない日本各地の「トレジャー」を探す旅に出かけたい。案内人は、手しごと発掘に情熱を注ぐクリエイティブディレクター樺澤貴子。幕開けは大分県から。幕末まで小藩分立制度により8藩7領に分かれていた大分には、エリアごとに異なる郷土の魅力が溢れていた

BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA

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大分市街から車で約20分。かつての豊後国の中心を流れる大野川の南の出入り口として交通の要だった「戸次(へつぎ)」というエリアに辿り着く。日向街道筋の在郷町として繁栄した歴史ある建物で、暮らしに溶け込むサスティナビリティを見つけた

《SHOP&EAT》「量り売り からはな百貨店」
上質な食材を少しだけ、旅先で知る暮らしの適量

画像: ペーパーバッグの代わりに新聞紙の折箱を活用。「みつろうのフードラップ」(左下、¥2,000)はゼロ・ウェイストを考えるギフトにも

ペーパーバッグの代わりに新聞紙の折箱を活用。「みつろうのフードラップ」(左下、¥2,000)はゼロ・ウェイストを考えるギフトにも

 日々の食生活でフードロスを減らすことは、サスティナブルな暮らしを等身大のスケールで実現できることの一つだ。頭では理解していても、いざ大型スーパーマーケットなどに出向くと、「あったら便利」を枕詞に、いつ出番を迎えるかわからないものや使いきれない量をカートに入れてしまう。こうして賞味期限を過ぎたものを捨てることへの罪悪感が麻痺してくる。そんな都会での暮らしのルーティーンを、少し立ち止まって考えることができるのが「量り売り からはな百貨店」である。

画像: 江戸期から戦前にかけての貴重な建物が現存する、町並み保存地区に立つ築120余年の建物

江戸期から戦前にかけての貴重な建物が現存する、町並み保存地区に立つ築120余年の建物

画像: 整然と並べられた調味料や乾物。一つ一つの素材と向き合い、吟味して選びたくなる

整然と並べられた調味料や乾物。一つ一つの素材と向き合い、吟味して選びたくなる

「毎日の買い物で、一人でも多くの人が楽しく続けられるゼロ・ウェイストとプラスチックフリーの場を提供したい」と語るのは、店主の井藤優子さん。10年以上に渡たって、環境課題に取り組んできた経験を生かし2022年5月に常設の店舗としてオープン。地球への優しさが行き交う場となったのは、明治33年築の国立旧二十三銀行だった木造建築である。木枠の引き戸を開けると、小規模生産の野菜をはじめ、スパイスや出汁の素材、味噌や塩、醤油などの調味料、小麦粉やパスタにお芋チップスの果てまで……幅広いアイテムが整然と並ぶ。家族構成やその日のメニューに合わせて「適量を購入する」というデフォルトが、ここには無理なく浸透している。焼きあごは3本、干し椎茸を2個、イチゴを5粒……パッケージングされていない、自分の適量を考える好機となりそうだ。

画像: 不定期で地元の豆腐店のポップアップ販売も

不定期で地元の豆腐店のポップアップ販売も

画像: 瓶の販売もあり、旅の途中で立ち寄っても安心

瓶の販売もあり、旅の途中で立ち寄っても安心

住所:大分県大分市中戸次4343-1
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《SHOP》「川の駅 戸次」
名人が手がけるローカルフードを発掘

画像: 牛蒡と鶏を炊き込んだ郷土の味「吉野鶏めし」(3個¥440)

牛蒡と鶏を炊き込んだ郷土の味「吉野鶏めし」(3個¥440)

 旅先で名物を食すことはもちろん、その土地にしかない食材を見つけることも大人の旅の醍醐味だ。大野川沿いに店舗を構えるこちらは、「道の駅」ならぬ「川の駅」。一ヶ月に約400軒もの農家が出入りし、各々の収穫時期や時間帯に合わせて野菜を搬入するため、曜日や時間帯に関わらず瑞々しい品が揃う。ラベルには、直売スタイルならではの生産者の名前が記されており、アイテムごとに名人なる存在が。「薩摩芋なら甲斐まりこさん」、「いちごは安達一男さん」など……それを目当てに市内の遠方からも買い物客が訪れるほどだ。取材に訪れた頃には、珍しい「田せり」が旬を迎えていた。水耕栽培にはない滋味豊かな香りが特徴と知り、その調理法を伺うと、軽く茹でて胡麻や塩と合わせてご飯に混ぜる「せりご飯」がお勧めとか。こうして、地元のレシピを発掘できることも一興である。

画像: 所狭しと新鮮な野菜が並ぶ店内は、平日でも活気に溢れている

所狭しと新鮮な野菜が並ぶ店内は、平日でも活気に溢れている

画像: 名人の野菜を郷土に継承されているレシピと一緒に持ち帰りたい

名人の野菜を郷土に継承されているレシピと一緒に持ち帰りたい

「川の駅」では、野菜に限らず加工品や惣菜にも土地の個性が表れている。その一つが戸次の名産である牛蒡だ。大野川沿いのミネラルを豊富に含んだ肥沃な土壌を生かし、牛蒡農家のビニールハウスが軒を連ねる。香り高く甘みさえ感じる深い味わいは、今までの牛蒡の概念が覆るほど。その牛蒡と大分の地鶏を炊き込んだ郷土料理が鶏めしである。中でも昔ながらの鶏めしのレシピを守る「吉野鶏めし保存会」が作るおにぎりは、午前中には売り切れるほど人気が高い。さらに、地元では「サンチー」という愛称で親しまれている「三角チーズパン」や名物の酒まんじゅう「ばっぽ」まで。ここは、まさにローカルフードの聖地と呼べる。

画像: 牛蒡名人は泥谷保三さん。色白で、まっすぐ伸び、味わいもお墨付きだ。乾燥した加工品はお土産としても

牛蒡名人は泥谷保三さん。色白で、まっすぐ伸び、味わいもお墨付きだ。乾燥した加工品はお土産としても

画像: 「サンチー」(¥180)は35年以上続くロングセラー。メロンパンの皮に似た甘い生地で、クリームチーズをサンドした食パンを包み込んだ独特のスタイル。あんこ入りは「あんチー」(¥250)。手前右は、麹の発酵力でふっくらと蒸しあげた「ばっぽ」(3個入り¥310)。どちらもドライブの友に味わいたい

「サンチー」(¥180)は35年以上続くロングセラー。メロンパンの皮に似た甘い生地で、クリームチーズをサンドした食パンを包み込んだ独特のスタイル。あんこ入りは「あんチー」(¥250)。手前右は、麹の発酵力でふっくらと蒸しあげた「ばっぽ」(3個入り¥310)。どちらもドライブの友に味わいたい

住所:大分県大分市下戸次1538-6
電話:097-597-1557

《SHOP&EAT》「帆足本家 富春館(ふしゅんかん)」
眼福と口福を満たす、現代の文人墨客のサロン

画像: 慶応元(1865)年築の母屋から庭の石組みを眺めていると、時間の流れが止まったように感じられる

慶応元(1865)年築の母屋から庭の石組みを眺めていると、時間の流れが止まったように感じられる

 日向街道に沿って、広大な敷地を構える帆足本家。豊後の地を収めていた大友氏との主従関係を結び、戸次に居を構えたのは天正14(1586)年にまで遡る。400年以上の歴史を誇る旧家にもかかわらず、ここは旅人を垣根なく受け入れる軽やかな風が吹き抜けている。その理由を辿ると、この館の文人墨客のサロンとしての顔が見えてきた。酒造りを生業として財を成した代々の当主は、パトロンとして多くの芸術家の芽吹きを見送った。江戸時代後期にその名を馳せた、南画家の田能村竹田(たのむら・ちくでん)もその一人だ。帆足家に幾度も逗留し、後に国指定の重要文化財となった南画も残している。「気鋭の芸術家が往来し多様な文化が交差した、往時の賑わいを現代に甦らせたい」。その思いから、再びこの館に明かりを灯したのが現15代当主に嫁いだ帆足めぐみさんである。居住空間を改装し、日本古来の衣食住を継承する人とモノが行き交う空間として、2001年に「帆足本家 富春館」が幕を開けた。

画像: 帆足家は商家でありながら、式台を設えた武家構えの様式を許された。母屋の玄関には、儒学者の頼 山陽(らい・さんよう)によって命名された「富春館」の扁額が掛けられている

帆足家は商家でありながら、式台を設えた武家構えの様式を許された。母屋の玄関には、儒学者の頼 山陽(らい・さんよう)によって命名された「富春館」の扁額が掛けられている

画像: 「帆足本家 富春館」をプロデュースする帆足めぐみさん。仏間に李朝風の家具を設えただけで洒脱な空間に

「帆足本家 富春館」をプロデュースする帆足めぐみさん。仏間に李朝風の家具を設えただけで洒脱な空間に

「帆足本家 富春館」には、様々な見所が点在する。臼杵の名棟梁である高橋団内によって随所に技を凝らした母屋や、釘が1本も使われていない昭和12年築の離れなど……様式美が残る建物は「ギャラリー富春館」へ。日向街道に面した蔵はレストラン「桃花流水」や菓子処「一楽庵」、「LIFE&DELI」へと姿を変えた。「開かずの間に眠っていた磁器や漆器は磨きをかけてレストランで利用。祖母の箪笥は陳列棚に造り変え、母の帯は壁のアクセントクロスとして活かしました。簡単に処分してしまうのではなく、ほんの少しデザインを加えるだけで新たな価値が芽生える。外から嫁いできたからこそ、建物の個性や何気ない物の美しさに気づくことができたのかもしれません」と帆足さんは語ります。

画像: 大正浪漫漂うレストラン「桃花流水」、瀟洒な空間もご馳走のひとつ

大正浪漫漂うレストラン「桃花流水」、瀟洒な空間もご馳走のひとつ

 用の美を“パッチワーク”のように組み合わせた独特な館内を巡った後はグルメ探訪へ。敷地内のレストラン「桃花流水」のメニューは、なんと「発酵ごぼう弁当」のみという潔さ。キッシュや豆腐、筑前煮から1本揚まで、香り高い牛蒡の滋味が様々に姿を変え、舌を楽しませてくれる。さらに、山のチーズと呼ばれる有精卵の醤油漬けや豊後鶏肉のチリソースなど、良質な素材を厳選した10品以上が重箱に凝縮。圧力鍋で炊いた玄米と小豆を約3日間かけて発酵させる発酵玄米も添えられ、箸が迷うほどいずれも甲乙つけがたい。口福の記憶は、再びこの場所を訪れるのに十分な「言い訳」となることだろう。

画像: 戸次の名産である牛蒡づくしの「発酵ごぼう弁当」(¥2,200)。重箱の中の小鉢も、かつて帆足家でおもてなしに使われていたもの

戸次の名産である牛蒡づくしの「発酵ごぼう弁当」(¥2,200)。重箱の中の小鉢も、かつて帆足家でおもてなしに使われていたもの

画像: 敷地内の菓子処「一楽庵」で毎朝手作りされた和菓子から、好きな2点を組み合わせられる「和ティーセット」(¥990)。ティータイムだけの利用も可能

敷地内の菓子処「一楽庵」で毎朝手作りされた和菓子から、好きな2点を組み合わせられる「和ティーセット」(¥990)。ティータイムだけの利用も可能

画像: 在郷町の長屋風情を演出した「LIFE &DELI」では、帆足さんが選び抜いたこだわりの調味料や自家製の惣菜が購入できる。富春館オリジナルのモダンな化粧ラベルを纏った「しらしめ油(菜種油)」(左)¥1,500や「純米本みりん」(右)¥1,800は贈り物にも好適

在郷町の長屋風情を演出した「LIFE &DELI」では、帆足さんが選び抜いたこだわりの調味料や自家製の惣菜が購入できる。富春館オリジナルのモダンな化粧ラベルを纏った「しらしめ油(菜種油)」(左)¥1,500や「純米本みりん」(右)¥1,800は贈り物にも好適

画像: 塩味を効かせたサブレ生地に、あずき風味のバタークリームをサンドした和洋折衷の「塩バターあずきサブレ」(1個¥220)。代々受け継がれた漆器に施された螺鈿や蒔絵をデザインした包み紙に旅の思い出が薫る

塩味を効かせたサブレ生地に、あずき風味のバタークリームをサンドした和洋折衷の「塩バターあずきサブレ」(1個¥220)。代々受け継がれた漆器に施された螺鈿や蒔絵をデザインした包み紙に旅の思い出が薫る

住所:大分県大分市中戸次4381
電話:097-597-0002
公式サイトはこちら

画像: 樺澤貴子(かばさわ・たかこ) クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

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