豊かな風土に彩られた日本には、独自の「地方カルチャー」が存在する。郷土で愛されるソウルフードから、地元に溶け込んだ温かくもハイセンスなスポットまで…その場所を訪れなければ出逢えない日本各地の「トレジャー」を探す旅に出かけたい。案内人は、手しごと発掘に情熱を注ぐクリエイティブディレクター樺澤貴子。幕開けは大分県から。幕末まで小藩分立制度により8藩7領に分かれていた大分には、エリアごとに異なる郷土の魅力が溢れていた

BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA

《SHOP》「カニ醤油」
伝統の味わいに、遊び心をラベリング

画像: 11代⽬に嫁いだ看板⼥将の可兒(かに)明⼦さん(右)と、12代⽬に嫁いだ若⼥将のいづみさん(左)。午前中は蒸し米に麹菌をつける種付け作業を二人で行う

11代⽬に嫁いだ看板⼥将の可兒(かに)明⼦さん(右)と、12代⽬に嫁いだ若⼥将のいづみさん(左)。午前中は蒸し米に麹菌をつける種付け作業を二人で行う

 旅にでると、必ずと言っていいほど“ローカル調味料”を買い求める。その理由は、小ロットの“ローカル調味料”ほど郷土の食文化に根ざしているため、個性豊かな味に出会えるからだ。ここ、臼杵は江戸後期より味噌や醤油などの醸造業で栄え、今や西日本一の規模を誇る街。歴史的景観地区「二王座」のメインストリートとなる八町大路には、県内最古の味噌醤油商「カニ醤油」が看板を掲げる。店の敷居を跨ぐとふくよかな香りに包まれ、女将の可兒明子さんからウエルカムドリンクとして七倍希釈した⼀番⼈気の「⿊だし番⻑」が手渡される。その奥行きの深い味わいに思わず唸る。

画像: 創業当時の屋号「鑰屋(かぎや)」の扁額も堂々たる佇まい

創業当時の屋号「鑰屋(かぎや)」の扁額も堂々たる佇まい

画像: 隣の家と壁を共有する趣のある長屋造りの建物。かつては土間だった店頭には、オリジナルの商品が所狭しと並ぶ

隣の家と壁を共有する趣のある長屋造りの建物。かつては土間だった店頭には、オリジナルの商品が所狭しと並ぶ

 創業は慶長5年(1600年)。初代・可兒孫右衛門は、臼杵藩主・稲葉家に従って美濃の国(岐阜県)から豊後の国に移って根を下し、この地で味噌醤油商「鑰屋(かぎや)」を営む。味噌は「うすきみそ」、醤油は「カニしょうゆ」として、420余年に渡り変わらぬ場所、変わらぬ技法で伝統の味を受け継ぐ。こうして歴史を紐解くといかにも格調の高さがうかがえる一方、店頭にはユーモアたっぷりの商品名が目を引く。九州特有の醤油には「甘い醤油好きなぶろんそん」、醤油とソースのハイブリット調味料は「あじフライ醤―ス」、九州特産のあご出汁をはじめ鯖節や椎茸を配合した無添加の粉末出汁は「ダーシィハリー」、即席ラーメンの味変に足し算したいスパイスには「ラメタス」など。現12代当主の言葉遊びに、笑いのツボを刺激される。

画像: (左)万能に活躍する濃口出汁「黒だし番長」(500ml)¥876(右)おでんや煮物に重宝する薄口出汁「白だし船長」(500ml)¥620

(左)万能に活躍する濃口出汁「黒だし番長」(500ml)¥876(右)おでんや煮物に重宝する薄口出汁「白だし船長」(500ml)¥620

画像: オリジナルの⾚味噌と⽩味噌を組み合わせた「ヒカル味噌」¥800

オリジナルの⾚味噌と⽩味噌を組み合わせた「ヒカル味噌」¥800

 一見すると歌舞いているように見える商品も、味わいは至って大真面目。たとえば、一番人気の「黒だし番長」は味の土台となる鰹節にもこだわる。鹿児島県枕崎産の荒削りの鰹節を80〜85℃で約30分ほど煮出し、まずは少量生産に対応できるように出汁の原液を小分けにする。その後、醤油やみりんを加えて撹拌し、一晩ほど寝かせて今でも手作業でボトル詰をしている。“効率”ではなく“美味しさ”を基準に仕上げられた「黒だし番長」は、吸い物やうどんといった汁物をはじめ、煮物の仕上げにかけるもよし。玉葱のスライスやアボカド、冷奴にかけても旨し、カボスを絞ってごま油と合わせた和風ドレッシングに、浅漬けの素としても活躍。どんな料理も美味しさのインパクトが増し、確かに食卓の“番長”と呼ぶにふさわしい。駄洒落のセンスが光るネーミングには、“ローカル調味料”への矜持が秘められていた。

住所:大分県臼杵市臼杵218
電話:0972-63-1177
公式サイトはこちら

《SHOP&CAFE》「うすき皿山」
テーブルに凜と花咲く、幻の焼き物

画像: ガラス越しに見学できる工房。仕上がりに向けて順番待ちする器が整然と棚に並ぶ

ガラス越しに見学できる工房。仕上がりに向けて順番待ちする器が整然と棚に並ぶ

 奇を衒わない造形美と料理を引き立てる余白──。臼杵焼の魅力は、この言葉に尽きる。和洋を問わず、日常も晴れのシーンにも映え、食卓に端正な佇まいと緊張感をもたらしてくれるのだ。器の発祥は江戸時代の後期に遡る。臼杵藩の御用窯として、窯場があった地名から“末広焼”とも呼ばれて存在感を放つも、わずか10数年で途絶え200年近く姿を消していた。遥かな休眠期を経て、幻の焼き物が甦ったのは、2015年のこと。復興プロジェクトが立ち上がり、文献や残された数少ない器をもとに、現代版の臼杵焼が息を吹き返した。

画像: 2022年2月には、本格的な中国茶と焼き菓子が楽しめる喫茶室とギャラリーが誕生

2022年2月には、本格的な中国茶と焼き菓子が楽しめる喫茶室とギャラリーが誕生

画像: 復興から10年を待たずして、石膏型の数はすでに100種類を超える

復興から10年を待たずして、石膏型の数はすでに100種類を超える

 臼杵焼の特徴は、型打ちと呼ばれる技法にある。ローラーで板状に伸した粘土を石膏型に打ちつけ、ヘラで均一にのばしながら最終的には職人の“指加減”で形を整えていく。そのため型を用いた磁器でありながらも、1点1点に表情が生まれ陶器のような風合いに仕上がり、自然な歪みや厚みの違いなど……粘土から器へと姿を変える過程も味わいとして残る。作業はすべて分業制で工房の職人の経歴や経験もさまざま、若手の育成も積極的に行う。「技術を画一化して均整のとれた器を作るのではなく、担い手の鼓動を個性として受け入れる。ようやく灯された幻の焼き物が臼杵という土地を照らし、町おこしの一端となってほしい」と、宇佐美裕之さんは語る。

画像: 蓮の名所として知られる深田。里山を彩る、蓮の花や花弁、葉をイメージした作品が多く揃う。繊細な花弁が放射状に広がる菊花皿も型打ちの技が活きるモチーフ

蓮の名所として知られる深田。里山を彩る、蓮の花や花弁、葉をイメージした作品が多く揃う。繊細な花弁が放射状に広がる菊花皿も型打ちの技が活きるモチーフ

画像: 手にしたときに柔らかい手触りになるように、釉薬はマットな質感。硬質さと優しさの溶け合う「白」が臼杵焼の魅力

手にしたときに柔らかい手触りになるように、釉薬はマットな質感。硬質さと優しさの溶け合う「白」が臼杵焼の魅力

 宇佐美裕之さんは、ここ臼杵の出身。国宝として知られる臼杵石仏のほど近くで、4代に渡り観光センターを営む家に生まれた。大阪芸術大学で陶芸を専攻し陶芸家として活動していた宇佐美さんだが、父親の体調不良を機に家業に携わり、発見したのが幻の焼き物の存在である。埋もれていた郷土の文化を掘り起こしたことで、この地を訪れる人々にも新たな楽しみが加わった。石仏観光センター内のショップでは、⾅杵焼をはじめ、地元の特産品が購入でき、食事処「郷膳 うさ味」では臼杵焼で地産の料理が饗される。さらに2022年には、石仏センターから徒歩圏内に工房を兼ねたギャラリーカフェとして「うすき皿山」をオープン。ギャラリーにはバリエーション豊富な⾅杵焼が並び、
カフェには妻の友香さんが振る舞う本格的な中国茶と焼き菓子を目当てに、地元のグルマンや旅人が集う。7月、静かな石仏の山郷にある蓮池は薄紅色に染まる。桃源の景色を愛でながら、その典雅な蓮の姿を映した器を旅の余韻として日常の食卓に咲かせたい。

画像: 宇佐美さんと妻の友香さん。中国茶を入れる宝瓶や小さな茶器もオリジナルでデザイン

宇佐美さんと妻の友香さん。中国茶を入れる宝瓶や小さな茶器もオリジナルでデザイン

画像: 石仏の里に立つ「うすき皿山」。目と鼻の先には、リニューアルを施した代々続く石仏観光センターもある

石仏の里に立つ「うすき皿山」。目と鼻の先には、リニューアルを施した代々続く石仏観光センターもある

住所:大分県臼杵市深田811-4
電話:0972-65-3113
公式サイトはこちら

画像: 樺澤貴子(かばさわ・たかこ) クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

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