70歳以上の女性アーティスト16名が集結する森美術館の『アナザーエナジー展』。今、なぜ世界は彼女たちに注目するのか?

BY YURIKO YAMAKI(P2, P4~5), EDITED BY JUN ISHIDA

 今から6年前、アメリカのT MAGAZINEに70歳以上の女性アーティストを特集した記事が掲載された。「WORKS IN PROGRESS」と題された記事では、当時99歳のカルメン・ヘレラを筆頭に11名の作家が紹介された。記事を見てまず思ったのは、なぜこの記事が作られたのかだ。もちろん、70歳を超えてなお創作活動を続ける彼女たちへの畏敬の念も抱いたし、その作品の完成度の高さ、そしてフレッシュさにも驚かされた。しかし、なぜ、グループ展があるわけでもないのに、彼女たちにスポットライトが当たったのか?

画像: アンナ・ボギギアン《空から落ちた流星》2018年 カイロに生まれ、現在は遊牧民のように世界各地に滞在し、作品制作を行うアンナ・ボギギアン 展示風景:アルテス・ムンディ8(ウェールズ、カーディフ)2019年

アンナ・ボギギアン《空から落ちた流星》2018年
カイロに生まれ、現在は遊牧民のように世界各地に滞在し、作品制作を行うアンナ・ボギギアン

展示風景:アルテス・ムンディ8(ウェールズ、カーディフ)2019年

 そして2021年、今度は東京の森美術館で70歳以上の女性アーティストを集めた展覧会が開かれるという。『アナザーエナジー展:挑戦しつづける力 ― 世界の女性アーティスト16人』と題された展示には、今や105歳となったカルメンをはじめ、96歳のエテル・アドナン、89歳の三島喜美代など16名の作家が参加する。
企画からアーティストの選定まで手がけたのは、森美術館館長の片岡真実とドイツ人のインディペンデント・キュレーターのマーティン・ゲルマンだ。片岡は、1950年代から70年代にかけて活動を始めた女性作家が取り上げられるのは、近年のアート界における世界的な潮流だと述べる。

「欧米中心ではありますが、この世代の女性作家が主要な美術館で個展を開催するという現象が、10年ほど前から起きています。私自身がこの変化に気がついたのは、2012年に行われた『ドクメンタ13』(5年に一度ドイツのカッセルで開催される現代美術展)においてでした。アーティスティック・ディレクターを務めたキャロライン・クリストフ=バカルギエフは、90名ほどの作家を招待したのですが、その約3分の1が20世紀前半生まれの作家でした」

画像: エテル・アドナン《無題》2018年 油彩、キャンバス 55×46cm 詩人であり、小説家であり画家であるエテル・アドナン。日本文化をはじめ他文化から受けた影響を作品に反映 COURTESY OF SFEIR-SEMLER GALLERY BEIRUT / HAMBURG

エテル・アドナン《無題》2018年 油彩、キャンバス 55×46cm
詩人であり、小説家であり画家であるエテル・アドナン。日本文化をはじめ他文化から受けた影響を作品に反映
COURTESY OF SFEIR-SEMLER GALLERY BEIRUT / HAMBURG

 アートの世界に限らず、世界の関心はいつも若い才能へと向けられていた。しかし、ダイバーシティが世界的な潮流となった90年代以降、“見逃されていた才能”を発掘する動きも同時に起きていたのだ。
「長いこと、アート界全体が、次の新しい才能は、ムーブメントは何かということを追い続けてきました。しかし、90年代以降、アートが地域的にも多様化していく中で、現代美術とは単一のものではなく、地域ごとにさまざまなモダニズムがあるという美術史の書き換えが始まっていったのです。そうした美術史の見直しが始まったときに、見逃していた才能が多くあるのではないか、ということにアート界が気づきました。性別に限らず、年齢、人種の多様化が求められ、世界各地で、本当に力強い、優れた活動を続けてきたアーティストが再評価されています。現代アートは世界で起きているあらゆる事象をいろいろな形で反映するものなのです」

 では森美術館で行われる『アナザーエナジー展』が提示する、見逃されていた才能とはどのようなものなのだろうか?
「こうした流れがあるとはいえ、意識改革が進んでいるのは欧米が中心です。本展参加作家の多くは近年、大規模な回顧展が開催されています。この流れを加速させるべく、今回の展示では、欧米だけでなく、アジア・太平洋地域の作家も加えました」

画像: センガ・ネングディ《R.S.V.P.のスタジオでのパフォーマンス》1976年 ゼラチン・シルバー・プリント 1960年代に日本文化と具体美術協会を学ぶため日本に留学したセンガ・ネングディ COURTESY OF SPRÜTHMAGERS,THOMAS ERBEN GALLERY, AND LÉVY GORVY

センガ・ネングディ《R.S.V.P.のスタジオでのパフォーマンス》1976年 ゼラチン・シルバー・プリント
1960年代に日本文化と具体美術協会を学ぶため日本に留学したセンガ・ネングディ
COURTESY OF SPRÜTHMAGERS,THOMAS ERBEN GALLERY, AND LÉVY GORVY

画像: ミリアム・カーン《無題》1999年 28.3×21.3cm スイス出身のミリアム・カーン。暴力や差別、戦争、ユダヤ人女性である自らのアイデンティティをテーマとする 所蔵:OKETACOLLECTION(東京)

ミリアム・カーン《無題》1999年 28.3×21.3cm
スイス出身のミリアム・カーン。暴力や差別、戦争、ユダヤ人女性である自らのアイデンティティをテーマとする
所蔵:OKETACOLLECTION(東京)

 各地のキュレーターに取材し、近年急速に注目が高まった作家や、もっと国際的な光を浴びるべきと思われる作家をリサーチした結果、16名の作家のうち、フィリダ・バーロウ、アンナ・ボギギアンら7名は日本初紹介となった。また、地域だけではなく、作家たちの作風やテーマがバリエーションに富んでいることも興味深い。

「“女性性”を中心的な関心にしている作家に限らず、独自のテーマを追求している作家たちにも光を当てたいと考えました。70年代に大きな盛り上がりを見せたフェミニズム運動は、美術史にも新しい視点をもたらしました。自身の体験に基づきフェミニズム的視点で世界を見つめる優れた作家も多く現れました。しかし女性で、フェミニズムの流れにない作家の多くは、そこからも取りこぼされてきた可能性がある。今回の展示では、特定のジャンルや動向に属さない作家もすくい上げたいと思ったのです」

画像: アルピタ・シン《私のロリポップ・シティ:双子の出現》2005年 油彩、キャンバス 152.4×213.3cm インドでは国民的画家として人気のあるアルピタ・シン 所蔵:ヴァデラ・アート・ギャラリー(ニューデリー)

アルピタ・シン《私のロリポップ・シティ:双子の出現》2005年 油彩、キャンバス 152.4×213.3cm
インドでは国民的画家として人気のあるアルピタ・シン
所蔵:ヴァデラ・アート・ギャラリー(ニューデリー)

画像: カルメン・ヘレラ《赤い直角》2017-2018年 塗料、アルミニウム 109.7×153.7×26.4cm 本展覧会の最高齢アーティスト、カルメン・ヘレラ COURTESY OF LISSON GALLERY

カルメン・ヘレラ《赤い直角》2017-2018年 塗料、アルミニウム 109.7×153.7×26.4cm
本展覧会の最高齢アーティスト、カルメン・ヘレラ
COURTESY OF LISSON GALLERY

 作風もテーマもさまざまな参加作家たちを、「あらゆる類型化から自由であろうとし続けた人たち」と片岡は表現するが、彼女たちの中に見いだされた共通点が、展覧会のタイトルにもなっている“アナザーエナジー”だ。
「何がこの人たちに50年以上にわたって創作活動を続けさせてきたのだろうと、マーティン・ゲルマンと話をしたんです。何かものすごいエネルギーがあるのだけれども、男性の中に入っていって競争して勝ち抜きたいとか、アート界のプラットフォームの中でヒエラルキーの上のほうに行きたいとか、そういうエネルギーではなくて、何か別のエネルギーがこうさせたのだろうということになりました。そこで“アナザーエナジー”という言葉が出てきたのです。抽象的な言葉ではありますが、“アナザーエナジー”ってなんだろうという思いで来ていただいて、参加作家たちが作品を通じて表現するさまざまな視点や関心事、人生そのものを共有することで、展覧会というドラマを見終わる頃に、何かはわからないけれどすごいエネルギーだったと感じていただければ嬉しいです」

 彼女たちを突き動かす“アナザーエナジー”。次ページからは、展覧会に参加する4人の作家を紹介する。

<TJメンバーズ限定>
森美術館『アナザーエナジー展』特別鑑賞会に
抽選で25組50名様をご招待
開館前のAM9:30~10:00、T JAPAN貸切にてゆったりとご鑑賞いただくことができる特別鑑賞会にご招待します。

森美術館『アナザーエナジー展』T JAPAN 特別鑑賞会
開催日時:2021年5月14日(金)9:30~10:00 ※10:00の開館後も滞在、鑑賞いただけます。
応募期間:4月15日(木)~25(日)
当選者には、4月28日(水)までにメールでご連絡いたします。
※ 応募期間は終了いたしました

・お一人様ご応募は1回までとさせていただきます。
・権利の譲渡はご遠慮ください。

※ ご応募には「TJメンバーズ」への登録が必要です。すでに会員登録がお済の方は、アカウントへログインのうえご応募ください。

『アナザーエナジー展:挑戦しつづける力 ー世界の女性アーティスト16人』
会期:2021年4月22日(木)〜2021年1月16日(日)
会場:森美術館
住所:東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー 53階
開館時間:<4/22~5/11日まで>10:00~20:00(火曜〜17:00、5月4日(火・祝)〜20:00まで)
※ 入館は閉館の30分前まで。会期中、開館時間が変更になる場合があります。最新情報は公式サイトをご確認ください
休館日:会期中無休
チケット購入:事前予約制(日時指定券)を導入。専用オンラインサイトから「日時指定券」のご購入・予約可。 当日、日時指定枠に空きがある場合は、事前予約なしで入館も可能。料金詳細はこちらをご確認ください
電話:03(5777)8600(ハローダイヤル)

※ 新型コロナウイルス感染予防に関する来館時の注意、最新情報は公式サイトを確認ください

T JAPAN LINE@友だち募集中!
おすすめ情報をお届け

友だち追加
 

LATEST

This article is a sponsored article by
''.