刀剣鑑定の名門家系に生まれ、日蓮法華宗を篤く信仰し、書の名人にして漆芸や陶芸、出版、茶の湯、作庭などさまざまな分野で足跡を残した本阿弥光悦(ほんあみ・こうえつ)。江戸時代初期に京で活躍した稀有なマルチアーティストの全貌に迫る展覧会が、東京国立博物館で開催中だ

BY NAOKO ANDO

画像: 展示風景。国宝《舟橋蒔絵硯箱》(ふなばしまきえすずりばこ) 本阿弥光悦作 江戸時代・17世紀 東京国立博物館蔵 PHOTOGRAPH BY NAOKO ANDO

展示風景。国宝《舟橋蒔絵硯箱》(ふなばしまきえすずりばこ) 本阿弥光悦作 江戸時代・17世紀 東京国立博物館蔵

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 名前は知っていても、何をした人なのかがはっきりと分からない。それは、活躍した範囲があまりに広すぎるからだろう。

 その作品が漆芸(上写真)と陶芸(白楽茶碗 銘「不二山」。本展では未展示)の2つのジャンルで国宝に指定され、漆芸、陶芸、書跡それぞれ6件ずつ計18件が重要文化財に指定されている稀代の総合芸術家、本阿弥光悦。本阿弥家一族の行状を記録した『本阿弥行状記』には、光悦を評して「異風者」と記されている。それぞれのジャンルで風穴を開けるような創造性を発揮した、異能の人ということだろう。本展は、そんな光悦の全貌を4章に分類し、100件を超える作品や資料を通して明らかにする。

画像: 展示風景 左/重要美術品《短刀 銘 兼氏 金象嵌 花形見》 志津兼氏 鎌倉〜南北朝時代・14世紀 右/《(刀装)刻鞘変り塗忍ぶ草蒔絵合口腰刀》江戸時代、17世紀 PHOTOGRAPH BY NAOKO ANDO

展示風景
左/重要美術品《短刀 銘 兼氏 金象嵌 花形見》 志津兼氏 鎌倉〜南北朝時代・14世紀
右/《(刀装)刻鞘変り塗忍ぶ草蒔絵合口腰刀》江戸時代、17世紀

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 第1章「本阿弥家の家職と法華信仰―光悦芸術の源泉」では、本阿弥家の家職と信仰にまつわる品々が並ぶ。本阿弥家は代々足利将軍家の刀剣御用を務め、徳川将軍家にも重用された。本阿弥家が目利きした刀は武家社会において重用され、現在も高く評価されているという。展示される7口の刀剣のうち、4口が国宝だ。上は、光悦が唯一腰に差したとされる短刀と鞘で、短刀の銘は、謡曲「花筐」に由来すると考えることもできる。謡曲は、光悦が打ち込んだ分野の一つ。朱漆と金蒔絵の鞘が華やかだ。

 またこの章では、日蓮法華宗の信仰で結ばれた法華町衆コミュニティにおいて、職人たちとともにさまざまな工芸に取り組んだといわれる光悦の信仰にまつわる品々も展示され、光悦芸術の源泉が紹介される。

画像: 展示風景 手前/重要文化財《花唐草文螺鈿経箱》本阿弥光悦作 江戸時代・17世紀 京都・本法寺蔵 奥/《桜山吹図屛風》色紙:本阿弥光悦筆 屛風:伝俵屋宗達筆 江戸時代・17世紀 東京国立博物館蔵 PHOTOGRAPH BY NAOKO ANDO

展示風景
手前/重要文化財《花唐草文螺鈿経箱》本阿弥光悦作 江戸時代・17世紀 京都・本法寺蔵
奥/《桜山吹図屛風》色紙:本阿弥光悦筆 屛風:伝俵屋宗達筆 江戸時代・17世紀 東京国立博物館蔵

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 第2章「謡本と光悦蒔絵―炸裂する言葉とかたち」では、豪華な装幀の「謡本」と「光悦蒔絵」と称された漆工作品を通じて、炸裂する光悦のデザインセンスが堪能できる。「謡本」は、まさにグラフィック・デザインの原点ともいえるだろう。「光悦蒔絵」もまた、大胆に余白を取ったり、図柄がはみ出すほどモチーフに迫ったり、細かな柄で埋め尽くしたり、箱の中と蓋裏で図柄をつなげたり。光悦本人も職人も、伸び伸びと楽しんで創造している様子が伝わってくる。

画像: 展示風景 重要文化財《鶴下絵三十六歌仙和歌巻》本阿弥光悦筆/俵屋宗達下絵 江戸時代・17世紀 京都国立博物館蔵 PHOTOGRAPH BY NAOKO ANDO

展示風景
重要文化財《鶴下絵三十六歌仙和歌巻》本阿弥光悦筆/俵屋宗達下絵 江戸時代・17世紀 京都国立博物館蔵

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 とにかく会場に足を運んで実物を見たいと思わせてくれるのが、第3章「光悦の筆線と字姿―二次元空間の妙技」だ。上の画像は、岸辺に群れる鶴が飛び立って海をわたり、また別の場所に降り立つ様子を俵屋宗達が描き、そこに「寛永の三筆」のうちの一人と呼ばれる能書家でもある光悦が絶妙なバランスで和歌を書き込んだ、長さ約13.6mもの巻物。右から左へ進んでいくと、画と文字がまるで動画を見ているかのように躍動する。印刷資料では味わえない体験だ。

画像: 展示風景 《蓮下絵百人一首和歌巻断簡》本阿弥光悦筆 江戸時代・17世紀 右/東京・サントリー美術館蔵 展示期間:1月16日(火)~2月4日(日)、左/京都・樂美術館蔵 PHOTOGRAPH BY NAOKO ANDO

展示風景
《蓮下絵百人一首和歌巻断簡》本阿弥光悦筆 江戸時代・17世紀 右/東京・サントリー美術館蔵 展示期間:1月16日(火)~2月4日(日)、左/京都・樂美術館蔵

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 加えて、光悦の書をのちの数寄者が仕立てた掛軸も、ぜひ会場でじっくり見て目に焼き付けたい。図録では光悦の書のみが掲載され、表装は省かれているためだ。上の画像は、もとは蓮の花の一生を描いた下絵の上に、小倉百人一首すべてが書かれた長大な巻物だったもの。明治時代に分割が進み、さまざまな人の手に委ねられた。

 貴重な光悦の書。どんな裂を組み合わせて表装するかは、数寄者の腕の見せどころだったはず。その色合わせや素材感の組み合わせは、きものはもちろん、ファッションやインテリアなどの参考にもなりそうだ。

画像: 《黒楽茶碗 銘 村雲》本阿弥光悦作 江戸時代・17世紀 京都・樂美術館蔵

《黒楽茶碗 銘 村雲》本阿弥光悦作 江戸時代・17世紀 京都・樂美術館蔵

画像: 重要文化財《赤楽茶碗 銘 加賀》 本阿弥光悦作 江戸時代・17世紀 京都・相国寺蔵

重要文化財《赤楽茶碗 銘 加賀》 本阿弥光悦作 江戸時代・17世紀 京都・相国寺蔵

 本展の最後を飾る第4章では、光悦が樂家との親交により自ら創作した茶碗と香合1件、樂茶碗4件が展示されている。上のような黒楽茶碗、赤楽茶碗のほか、白楽茶碗、飴釉楽茶碗、そして形もさまざま。とくに、その形状から「乙御前」(おたふくの意)の銘をもつ愛らしい赤楽茶碗は公開されることが少ないため、人気の名碗の実物が見られる貴重な機会となろう。この章では作品がすべて独立ケースに収められているため、360度にわたって観覧することができる。手に取ってお茶を飲むとどんな感じだろう?と想像しながらじっくりと鑑賞したい。

 第1会場と第2会場の間には、4つの作品を、通常ではあまり見ることのできない角度や至近距離から8Kで撮影した約4分間の映像も放映されている。たっぷりと時間をかけて、行きつ戻りつしながら観覧したい展覧会。スケジュールに余裕をもってお出かけを。

画像: PHOTOGRAPH BY NAOKO ANDO

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特別展『本阿弥光悦の大宇宙』
会期:3月10日(日)まで ※会期中、一部作品の展示替えあり
会場:東京国立博物館 平成館
住所:東京都台東区上野公園13-9
公式サイトはこちら

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