BY SAYAKA HOSOGAI, PHOTOGRAPHS BY SHINSUKE SATO
30歳のとき、初めて書いた小説『私率イン歯-、または世界』で芥川賞にノミネートされた。翌年、2作目の『乳と卵』で受賞がかなったとき、選考委員の一人、山田詠美に<容れ物としての女性の体の中に調合された感情を描いて、滑稽にして哀切>と絶賛された。それから10年、川上未映子は今や、人気、実力ともに日本を代表する作家の一人だ。
「自分が書く側に回るなんて全然思っていませんでした。ただ、自分の何かを表現物に変えて、この世界に置きたいという衝動があって……。目の前で繰り広げられていること、まだ見えていないけれど気配を感じるものの正体を知りたい。自分の感情とか見たもの、感じた問題を、別の形に置き換えずにいられない。そのための手段が、私の場合、言葉を使うことだったんだと思います」
高校卒業後、歯科衛生士や書店員などのアルバイトをかけもち。20代後半は“まったく売れない“歌手。紆余曲折を経て、30歳で小説にたどり着いた。「一作書き終えるたびに反省点が浮かび、それをクリアしたくなる。前回よりいい作品を書きたい、とはいつも思っています。自分にとって書くのがすごく難しくて、苦しいことを書きたい」
デビュー当初、主人公の内なる葛藤があふれ出てくるような、大阪弁を駆使した饒舌な語り口が川上さんの持ち味だった。しかしその後、作品に応じて文体も自在に変化させてきた。文体が変わっても、最新作『ウィステリアと三人の女たち』がそうであるように、彼女の小説は川上未映子にしか生み出せないオリジナルな表現であふれている。文章からしたたってくる孤独感ややるせなさに、読む者が心の奥深くにしまい込んでいた感情が共鳴する。
「私が書く女性キャラクターに関して、過剰だという印象を受ける方もいます。でも私としては、どの女の人にもある細部を見逃さないように書いているだけ。小説には、ディテールを積み重ねていくことで、考え方も人生も一色ではないと示す力があると思うんです。たとえば女同士のちょっとした邂逅や、名づけようのない触れ合いを書くことで、ジェンダーにかけられたコードが無効になる瞬間を書くことができる。女性同士の恋愛のような気持ちの行き来を書いたとき、逆に人間を書くことになるんじゃないかと。女と男の役割で物語が進んでいく異性愛だと、どうしても従来の性のコードの中で見てしまいますから」
書かなければなかったことになってしまうことを明るみに引きずり出したい。差し違えても引きずり出す――書くという仕事について、かつてそう語っていたこともある。
35歳のとき、やはり芥川賞作家の阿部和重さんと結婚。6歳の息子さんが寝る前に、今日あったあれこれを話す時間を持つのが日課だという。
「『黙っていて察してくれると思わないで』と話しています。家族や親しい人に対しては、『言わなくてもわかってくれている』というところがあるでしょ。たとえばそれがジェンダーの規範になっていたりもする。男性が口下手なのは当然で、女性は察して対応するのが得意、とかね。でも、気持ちは言わなきゃわからない。ありがとうも、悲しいも、こうしてほしいもね」