現在建造中の新国立競技場を手がけ、世界の注目を集める建築家、隈研吾。彼は建築の可能性を問い直す一方で、資源が減少する今「建築はどうあるべきか」を模索しつづけている

BY NIKIL SAVAL, PHOTOGRAPHS BY STEFAN RUIZ, TRANSLATED BY FUJIKO OKAMOTO

人々が思い浮かべるどんな有名建築家にもまねのできない方法で、隈は新しい建築スタイルを見つけ出した。それは四国の山あいにある、ごく小さな町で実現した。東京から南西に電車で7時間の高知市内から、さらに棚田が広がる丘陵地帯を抜け、曲がりくねった道を車で2時間。梼原(ゆすはら)町の名は、日本人の多くにとってあまりなじみのないものかもしれない。しかし、隈の作品に通じている人なら、この町の名を知らぬ者はない。人口約3,400人のこの町の広大な土地に、20年ほどの間に隈研吾が設計した建物が4つも建てられ、新たに1軒が現在建設中だ。

隈の事務所のスタッフたちは、かなりの強行軍で月に数回、ここを訪れている。私が町に到着して2日目に、働きづめのスタッフのひとりに出会った。髪はぺったりとして顔色も悪く、冷たいスターバックスのエスプレッソ缶をすすっている。彼とチームのメンバーは、東京からの電車に間に合うよう徹夜で働いたのだという。名前が広く世間に知られるようになっても、この小さな町への隈の忠誠心は変わらない。そのことこそ彼の人柄と、彼の建築のありようを物語っている。隈にとって、場所やプロジェクトの規模は真の情熱を妨げるものではないのだ。彼の情熱は、地元の職人たちと仕事をし、地元の素材を使うことに注がれていた。戦前は、この国のほとんどが“地方”だった。こうして地元で仕事をすることによって、隈は昔ながらの日本の技や素材に、より自由に触れることができたのである。

画像: ものづくりと伝統工芸の中心地、愛知県春日井市にある、隈設計の 「GCプロソミュージアム・リサーチセンター」(2010年)の内部。釘を使わず角材をぴったりと組み合わせる日本の木製玩具、「千鳥」の細工にインスパイアされた建築だ

ものづくりと伝統工芸の中心地、愛知県春日井市にある、隈設計の 「GCプロソミュージアム・リサーチセンター」(2010年)の内部。釘を使わず角材をぴったりと組み合わせる日本の木製玩具、「千鳥」の細工にインスパイアされた建築だ

 隈が梼原町に引き寄せられたのは1990年代。梼原で仕事をしていた建築家の友人から、古い木造の芝居小屋の保存について助言を求められたのがきっかけだった。その後、隈は梼原町長からホテルの設計を依頼される。この「雲の上のホテル」(1996年竣工)に始まった一連のプロジェクトは、「梼原町総合庁舎」(2006年同)、特産品のくだもの市場とホテルが融合した「まちの駅『ゆすはら』」(2010年同)、世界でも類を見ない架構式構造の「雲の上のギャラリー(旧名:木橋ミュージアム)」(2010年同)と続いた。このプロジェクトの足跡をたどると、隈が木を使った実験的試みを続ける中で、次第に大胆になり、想像力を膨らませていくさまを見ることができる。

隈が手がけた梼原町の作品は、ほとんど杉材のみでつくられている。杉は、この地域や日本の多くの建築物で一般的に使われる木材だ。隈の建築の多くに、未塗装の梁やパネル板に、よりなめらかで薄いルーバー(羽板)が組み合わせて用いられている。これは当然ながら建築に木のぬくもりをもたらすが、一方で、杉材は自然環境の影響を受けやすく、耐久性は劣る。外壁の板は何年も西日にあたり続けると日焼けで黒ずむし、内装に使われた杉材にはささくれができる。しかし、その建物はまるで今建てられたばかりのように杉の香りを漂わせる。隈が手がけた最初のホテル「雲の上のホテル」は、今もポストモダンの代表的建築と考えられている。サーフボード型の屋根は、「雲の上のまち」と呼ばれる梼原にちなんで雲をイメージしたものだ。いたるところに木が使われ、素のままの木を好む隈には珍しく、外壁は白く塗装されている。

その10年後に完成した総合庁舎はさらに、隈の建築家としての大きな飛躍を感じさせる。一見すると四角い箱のようだが、外壁のコンクリートが見えないよう工夫が施され、屋根は日本の伝統的な梁構造である。ガラスと木製パネルをランダムなモザイク状に組み合わせた建物正面は日よけの役割を果たし、暖かい時期には外部に向かって開放することができる。こうした透過性の高いデザインは、隈のその後の作品のテーマとして繰り返し登場するものだ。総合庁舎のロビーには、梼原町の伝統芸能である「神楽」のために木造の舞台が設置されている。明るい光が差し込む温かなロビーで時を過ごしていると、すぐ近くで役所の仕事が行われていることなど忘れてしまう。これも、境界を意図的にあいまいにすることで生まれる効果にほかならない。

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