アーティスト、エルズワース・ケリーの死から2年。構想に30年以上をかけた記念碑的インスタレーションがテキサスに完成した

BY M. H. MILLER, PHOTOGRAPHS BY VICTORIA SAMBUNARIS, TRANSLATED BY NHK GLOBAL MEDIA SERVICE

 とはいえ、5万1525人の学生が通い、ケリーの作品が登場するまではアメリカン・フットボールの競技場であるダレル・K・ロイヤル=テキサス記念スタジアムが最も重要な建築的モニュメントだったテキサス大学に、現代美術の新たな象徴が置かれるとは誰も予想しなかったことだろう。しかし、キャンパスの端にあるブラントン美術館がこの作品の本拠地となったのは、いろいろな意味で運命的なことのようにも思える。ひとつには、この大学と美術館が、ケリーが抱いたビジョンに忠実でありたいという強い思いを抱き、このプロジェクトのために資金を集める難事もいとわなかったからだ(また、ささいなことだが、彼らの思いの強さを物語るエピソードがある。学芸副館長のカーター・フォスターは、世界で唯一のエルズワース・ケリー作のタトゥーを入れている。これはフォスターのために特別にデザインされたもので、ケリーが自分の仕事として真剣にとらえていた証拠に、タトゥーには目録番号が割り振られている)。

画像: ケリーがデザインした着色ガラスの窓から建物内に差し込む太陽の光

ケリーがデザインした着色ガラスの窓から建物内に差し込む太陽の光

 同時に、《オースティン》は、これまで欠けていたパズルのピースのように、この場所にぴったりフィットしている。州都庁に面して立ち、市全体を見下ろしながら、ずっと前からそこにあったかのように風景に溶け込んでいるのだ。圧倒的に保守的なテキサス州にあって、州都のオースティンは進歩主義者の砦として知られている。長らくアメリカ南西部の音楽の中心地だったこの市は、近年ではハイテク産業も急成長している。しかしケリーの存在のおかげで、この土地はまたたく間に、芸術を愛する人々が訪れる巡礼地に変貌することだろう。

 チナティ・ファウンデーションと《ロスコ・チャペル》、いずれもその創造者の残した遺言であり、一般の人々が参加することのできる個人的なモニュメントだ。しかし、それを実現するためには外部からの多大な援助が必要だった。ジャッドは、ほとんど建築ずみのまま打ち捨てられたD・A・ラッセル陸軍駐屯地の建物の大部分を改修して、マーファの美術館を建造した。またロスコは3人の建築家の協力を得てチャペルを設計、建設した。ケリーとブラントン美術館は建築家と協力して《オースティン》を建てたが、全体のデザインはケリー自身によるものだった。自身の仕事の記念碑とするだけでなく、美術と建築、絵画と彫刻を見事に融合し、そのすべての要素を同時に採り入れて形にしたケリーは、まさに稀有なアーティストと言えるだろう。

これは彼が最晩年に手がけた作品であり、ケリーの遺作となった。当時、がんが進行しているために遠出ができず、ケリーは自宅で酸素吸入をしている状態だった。それでも、創造者の自殺が影を落とす《ロスコ・チャペル》とは異なり、《オースティン》はまぎれもなく、喜びに満ちた空間だ(ロスコは1958年にプラット・インスティテュートの卒業式のスピーチで「芸術とは、死に明らかに心奪われているものでなければならない」と述べている)。ケリー自身が死ぬ数カ月前に語ったように、ここは訪れる者が「目を休め、心を休める」ための空間なのだ。

「エルズワースほど近しい人を亡くしたのは、僕にとって初めての経験でした」。ブラントン美術館でシアーは語った。「そのとき気づいたのは、アメリカには、死について語る言葉がないということです。夕食の席で誰かと同席すると、みんなに『ああ、本当に残念ですね』と言われる。でも、人々が抱いている死の概念というのは、僕らのカルチャーにおいてはとても奇妙なものに思えます。僕が言いたいのは、彼はまだ生きているということ。彼は幸運です。芸術家として、彼の作品はここにあり、人々に見られ続ける。僕にとっては、彼はまだ生き続けているんです」

 数分後、私たちはチャペルまで歩いていって中に入った。ほどなく正午になるという時間で、エントランスの上の板ガラスから太陽の光が差し込み、グリーンやオレンジやブルーの光が花崗岩の床の上できらめいていた。一方の壁の上のほうのアーチを色とりどりの光が取り囲み、ケリーの『十字架の道行』に光と影が反射している。ガラスから差し込む光がゆっくりと移動するなか、大理石のパネルの白と黒の模様が途方もなくドラマティックに見えた――それはまるで洞窟壁画のように、あるいは黒と白という概念そのもののように、なにか原始的なものだった。シア―と私はしばらく無言で立ち、室内を移動する色とりどりの光を見つめていた。チャペルを出るとき、シアーは正面のドアに両手を置き、そこにキスをして、つかの間の充足感に浸るように目を閉じた――まるでケリー自身に別れのキスをしているかのように。

 

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