BY KURIKO SATO
そんな彼らの新たなコラボレーションとなった『ドント・ウォーリー』は、先行公開されたアメリカでヴァン・サント監督の最高傑作のひとつと評された。キャラハンに扮するフェニックスを囲み、ルーニー・マーラ、ジョナ・ヒル、ジャック・ブラックといった芸達者たちが見事なアンサンブルを生み出している。このプロジェクトの経緯を、フェニックスはこう説明する。
「僕自身はジョン・キャラハンのことは知らなかったけれど、ガスがずいぶん前からやりたがっているプロジェクトだということは知っていた。監督がそこまでこだわりを持って長年取り組んでいる企画というのは、とても興味をそそられる。とくに僕が信頼しているガスの場合はなおさらだ。あるとき彼から脚本が送られてきて、それを読んでとても心を動かされた。本当に素晴らしいと感じたんだ。僕はふつう伝記映画には興味が持てないんだけれど、ガスの場合は通常の伝記映画とは異なっていた。キャラハンの体験をとても興味深く、ユニークなやり方で描いていると思ったよ」
59歳で短い生涯を閉じたキャラハンの人生は、波瀾万丈そのものだった。幼いときに母親に捨てられ養子となるも、うまく環境になじめずに13歳で酒の味を覚える。それ以後一気にアルコール依存症の道を突き進み、21歳のとき、酔った友人の車に同乗して事故に遭い、重度の麻痺を負う。退院後もすさんだ酒浸りの生活が続くなかで風刺漫画を描き始め、ついに27歳のときに禁酒に成功。そこから本格的に風刺漫画家として再生を果たす。その作品は、彼の地元、オレゴン州ポートランドの地方紙に27年間にわたり掲載されたほか、50紙以上で紹介された。
この映画は自伝をもとに、彼が事故から再生を果たすまでの時期にスポットを当て、救済、赦し、再生といったテーマを、まるで一陣の風のように清々しく描ききっている。役柄について徹底的に研究することで知られるフェニックスは、出演が決まったあと、キャラハンの漫画の描き方から車いす生活の細部、そして彼の抱えていたトラウマについてリサーチをした。
「ガスが生前のキャラハンに7時間ぐらいインタビューをしたテープがあったから、まずそれを観て参考にした。もちろん自伝も読んだよ。彼はとてもユニークな考え方の持ち主で、独特のユーモアに満ちている。本を読むと、彼が啓発されていく過程がよくわかる。彼は禁酒をしてから本当に変化し、風刺漫画家として生きて行く決心をした。僕自身はまったく絵を描かないから、彼の描き方を表現するのに苦労したよ。彼は後遺症のせいで、手首ではなく、腕を使って描いていたんだ。車いす生活のことを研究するために、病院にも通って観察した。ドアをどうやって開けるのかとか、細かいことをひとつひとつ学ぶためにね」
そんなリサーチを経たフェニックスの演技は、完璧に作り込んだというよりはいかにも自然にそこに存在し、あたかも彼自身がキャラハンであり、その喜怒哀楽を生きているかのように感じさせる。それはおそらく、ヴァン・サントが彼から引き出した最良のものだろう。だからこそ、映画はセンチメンタリズムとも説教臭さとも無縁に、大きな感動をもたらす。
役を演じているときの意識について尋ねると、こんな答えが返って来た。「ときどき、まるですべてがあらかじめ決まっていたように思えることがある。自分の骨の中に組み込まれているような感じというか……。僕にとって一番調子がいいときは、一日の撮影が終わったときに、どんな風だったかわからないほど集中できた場合。この映画では、最後のシーンを撮り終わったときに、はっと気づいて急に悲しくなった。もうこの経験は終わりなんだ、もう味わうことはできないのか――とね。演じているとき、何を考えているのかは自分でもわからない。でもたぶんその瞬間、真実の感情を求めているのだと思う」
そう語る彼の横顔に再び、不器用で内省的な青年の面影が重なった。
『ドント・ウォーリー』
5月3日(金)より、ヒューマントラストシネマほか全国順次公開
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