BY MARI SHIMIZU, PHOTOGRAPHS BY KEIKO HARADA
今、右近さんは京都・南座で公演中の「三月花形歌舞伎」に出演している。同世代の若手俳優たちが競演する話題の舞台で、同演目をダブルキャストで上演。右近さんは、Aプロで義太夫による『吉野山』と、その後の物語である『川連法眼館』に忠信役で出演している。そして『川連法眼館』もまた、右近さんに大きな影響を与えた演目だ。
「この場面は大きく分けて二通りのやり方があるのですが、自分は(尾上菊五郎家の)音羽屋型を観て育ちました。そして(市川猿之助家の)澤瀉屋型に出会った時、同じ演目なのにこんなにも違うのかと驚きました」
欄間から抜け出たり宙乗りがあったり、アクロバティックな要素を取り入れた派手な演出に特徴があるのが澤瀉屋型だ。
「こうした違いに歌舞伎の面白さがあり、お客様はそれを楽しまれている。そして両方のやり方に接するうち、根本的な部分は共通だということにもだんだん気づいていきました。方法こそ違うけれど、伝えたいことは突き詰めれば同じなのだと思います」

『義経千本桜 川連法眼館』忠信 実は源九郎狐=尾上右近
Ⓒ SHOCHIKU
描かれているのは兄・頼朝に追われた義経が匿われている川連法眼館での出来事。ここで静御前と共に旅をしていた忠信が、実は偽物だったことが判明する。その正体は狐。義経が静御前に預けた“初音の鼓”には雌雄の狐の皮が使われており、忠信に化身した狐は鼓になった狐の仔だったのである。
「肉親さえも敵味方に分かれて戦うような世にあって、狐が人間以上に人間らしい心をもって親への情愛を見せる。この狐がすごいところは、たとえ姿は鼓であっても両親を思い、さらに鼓を通して出会った人たちに対しても愛情を持って接していることです。そして動物であり親を亡くしたがゆえに野狐と蔑まれる自分の立場をわきまえ、人間の中でも立場ある義経には畏怖の念を抱いているんです」
狐の姿に心打たれ義経は次第に情を寄せていく。その義経を右近さんはBプロで演じている。
「義経は大きさが必要とされる役なのですが、川連法眼館での義経はそれまでとは少し様子が違います。素直な心情を吐露してとても人間らしい。そういう義経にお客様が気持ちを寄せていただけるように勤めたいと思います」

Bプロの忠信を演じているのは中村橋之助さんで、今回はふたりとも音羽屋型での上演だ。
「同じことをしても演じ手が変われば、その個性で自ずと違いが出ます。そこがまた歌舞伎の面白さ。基本的に自分はどの型にも寄り添える役者でありたいと思っているのですが、音羽屋型でのスタートは流れとしてごく自然なことです」
出自に対するさまざまな思いと「こうありたい」と願う心が解けあい、若手花形として舞台に立つ右近さん。忠信は公式の公演では初めてとなる主役だ。
「理想と現実のギャップに打ちひしがれることもあるだろうけれど、そういう自分をもさらけ出して、裸の心で飛び込む情熱で取り組みたい。きれいな水ばかりでなく泥水からでも栄養になるものを吸い上げて花を咲かせてこその“花形歌舞伎”だと思うから。この公演は自分の今後に大きな意味合いを持つ経験になるのは確かだと思います」