BY REIKO KUBO, PHOTOGRAPHS BY TAKEMI YABUKI(W), STYLED BY MIRI WADA, HAIR & MAKEUP BY YUKO AIKA (W)
「特に赤いSAAB(サーブ)900を見事に運転してくれた三浦透子さんに感謝します!」
第94回アカデミー賞授賞式の壇上、『ドライブ・マイ・カー』で国際長編映画賞を受賞した濱口竜介監督は、スピーチの最後を三浦透子への謝辞で結んだ。村上春樹の3 短編をひとつの物語に紡いだ受賞作は、主人公(西島秀俊)とその専属ドライバーとなる“みさき”という孤独な二人が出会い、広島から北海道への道行きが描かれるドラマ。そして、そのパノラミックなドライブの果てに、観る者を静かなる感動の境地へと誘うのが“みさき”役の三浦透子だった。
「“みさき”の人生はポジティブなことばかりではなかったにしても、人生の岐路に立ったときに自ら選択して生きてきて、きっと今の自分を嫌いじゃないはずだと思えたんです。5歳でこの世界に入った私も、楽しかったこと、楽しくなかったことも含めて、どれかが欠けても今の自分とは違っているはずなんです。“みさき”を演じる時間を経て、私自身、もっと自分が好きになれた気がしています」
アカデミー賞授賞式の前夜、ヒロイン役であった三浦は、東京でミュージカル『手紙』の楽日の舞台に立っていた。
「ロサンゼルスには行けませんでしたが、私は私でとてもよい時間を過ごしたので後悔はないです。初めてミュージカルというジャンルに挑戦し、プロフェッショナルな役者の方々と共演できて。お芝居だけ、歌だけとは違う筋肉、アスリート的な感覚が必要だと感じ、次はもっと高いところまでいきたいと自分に欲が出ました。翌朝、濱口監督の受賞スピーチを聞き、“みさき”に出会えた私はなんて幸せ者なんだろうと思った3月末でした」
映画、舞台に加え、今年はTVにも引っ張りだこ。『ドライブ・マイ・カー』のために3 週間で運転免許を取得した三浦は、NHKの連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』に向けて茶道を学び、着物姿の立ち居振る舞いを身につけて、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では源義経(菅田将暉)の正妻・里を演じた。
「お茶室は、もてなす側も、もてなされる側も身分の差のないシンプルな関係で、ただただおいしいお茶を飲んでもらう空間。とはいえ人間なので、相手がすごく偉い人であれば心が動いてしまう。茶器もすごく高価なものだと、緊張して手が震える。そこをどんなに高い器でも、100円ショップで買ってきたような器でも、同じように丁寧に扱い、身分に関係なく、誰をも同様にもてなす。茶道とは、心を鍛える時間であり、哲学だと感じました」
丁寧に言葉を選びながら、キラキラと瞳を輝かせ、時折、笑顔を弾けさせる姿が愛らしい一方で、芝居における役づくりにしても、ドライビングや茶道の極意にしても、心を傾ける対象の核心を突く三浦。大学で数学を専攻したという聡明な異才のなせる業か。
「もう少し感覚に頼ってもよいのでは?と言われることもあるんですが、考えないようにすることができなくて(笑)。だから最近は、考えることを楽しむ私にしかできない何かを探そうと開き直って、とことん考えるようにしています(笑)。とはいえ、演じている最中に使うのは頭じゃなくて体だなと。この頭と体の使い方のバランスが楽しいと感じられるようになってきました」
また、芝居の一環として声に関心があったという彼女は、シンガーとしての顔も持っている。新海誠監督のアニメーション映画『天気の子』では主題歌のボーカリストとして参加し、最新シングル「私は貴方」でも、彼女の名のごとく透明感のある歌声で魅せる。
「『私は貴方』は、フワッとした言葉遊びのようなものが今は心地よいという私の言葉に、有元キイチさん(ODD Foot Works)が共感して作ってくださった曲。自分のことを楽器だと思っているので、強く鳴らそうとか、弱く鳴らそうとか、よい音を鳴らしていると勝手に感情が動いていくから、歌うときにはあえて感情は込めません」
6月9日からは、主演舞台『Secret War ─ひみつせん─』がスタートする。第二次世界大戦下、人体実験を含む戦時研究を行った731部隊の研究所の物語で一人二役を演じる。脚光を浴びながらも、マイペースで心を鍛える表現者、三浦透子。そんな彼女が発する音色に耳を澄ませていたい。
『Secret War ─ひみつせん─』
会期:6月9日(木) ~6月19日 (日)
会場:東京芸術劇場 シアターウエスト
チケット料金:一般 ¥6,000、学生 ¥4,000
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