「一番好きな料理はイタリアン。お菓子は、あんこよりも断然クリーム派。趣味は「旅」でも、国内旅行は仕事で訪れる撮影ロケ地くらいの経験値。日本の伝統文化や和の作法に触れないまま、マチュアな年齢となってしまった私ですが、この度、奈良の煎茶道美風流に入門させていただくことになりました。」そんなファッション・ディレクター、菅野麻子さんが驚きと喜びに満ちた、日本文化「いろはにほへと」の学び路を綴る。連載十五回目は、奈良を歩く「大人の修学旅行」のすすめです

BY ASAKO KANNO

 奈良に通うようになって、はや1年。お気に入りの場所も増え、奈良がどんどん好きになっていきます。奈良の地理にもだいぶ自信がついてきた頃、東京の友人たちを案内する絶好のチャンスがやってきました。

 お家元の運営する茶農園「瑞徳舎」で、友人5名とお茶摘みイベントに参加したことを、連載「わ」でお話させていただきました。多忙なメンバーが休みを一緒にとれるのはなかなかない機会。「大人の修学旅行」と題した、旅のしおりづくりにも腕がなります。実は、友人たちの職業はスタイリストにカメラマン。あれ、このメンバーが揃ったら撮影ができちゃうよね?というアイデアから、お茶畑でのファッション撮影も企画した3泊4日の旅となったのです。

画像: 奈良北東部「大和高原」はお茶の名産地。その一角、山添村に位置する「瑞徳舎」。うぐいすが楽しげにさえずるお茶の楽園です PHOTOGRAPH BY ASAKO KANNO

奈良北東部「大和高原」はお茶の名産地。その一角、山添村に位置する「瑞徳舎」。うぐいすが楽しげにさえずるお茶の楽園です

PHOTOGRAPH BY ASAKO KANNO

 ロケハンも兼ねた「旅のしおり」は、我ながらなかなか秀逸な出来あがりです。まず、大和高原にある茶農園「瑞徳舎」のロケハンへ。ここは、お茶摘み&撮影がおこなわれる場所。1年前に初めて訪れた時は、初めてのお茶摘みにただ舞い上がるばかりで細部まで目が行き届かなかったものの、“撮影をする”という目線で茶畑をくまなく歩くと、より深くこの茶農園の魅力が発見できます。時刻や、見る角度によって様々な表情を見せる茶畑。きらきら新芽輝く緑の楽園に、みなも大喜びです。

画像: 溶岩のような黒い岩が神野山の山腹を彩る「鍋倉渓」。古代人が星座(天の川)を地上に映したものではないかという説もある、神秘的な場所です PHOTOGRAPH BY MAI KISE

溶岩のような黒い岩が神野山の山腹を彩る「鍋倉渓」。古代人が星座(天の川)を地上に映したものではないかという説もある、神秘的な場所です

PHOTOGRAPH BY MAI KISE

 茶畑のある山添村の歴史は古く、人が住み始めたのは縄文草創期にも遡るのだとか。このエリアには、磐座(いわくら)と呼ばれる、古代の巨石信仰の面影が点在しています。お稽古のとき、お家元からそんな歴史を教えていただいて、どうしても行きたかった場所がありました。神野山の山腹にある「鍋倉渓」です。幅約25m、長さ約650mにわたって、大小さまざまな岩が天の川のように覆い尽くしている見たこともない光景。岩の下には地下水が流れているそうで、地質学的にも珍しい景観なのだとか。みなで石の上に座ると、なんとも心地の良い風が吹き抜けていきます。「なんか、ハワイに来たみたいだね〜」そんなことを話しながらゆったりとした時間を過ごしていると、心がどんどん浄化されていくような感覚に。日本人の信仰心の原点でもあるアニミズム(自然崇拝)の精神が、私たちのなかに息づいているのを感じられたひとときでした。

画像: 若草山からのぞむ夕日のグラデーションは、宝石箱のような輝き PHOTOGRAPH BY ASAKO KANNO

若草山からのぞむ夕日のグラデーションは、宝石箱のような輝き

PHOTOGRAPH BY ASAKO KANNO

 鍋倉渓が心地よすぎていつまでもいられそうですが、日没が迫っていることにはたと気づき、大急ぎで奈良市内へと車を走らせます。ファッション撮影では、若草山からのぞむ夕日を背景にした撮影も予定しており、マジックアワーを見逃すわけにはいきません。なんとかぎりぎり辿り着いた若草山の山頂に、みな歓声があがります。そこは、360度見渡せる驚くほどの絶景でした。眼下に広がる街の景色は息をのむようなオレンジ色に染まっていきます。のんびりと草をはむ鹿の姿もオレンジの光に溶けていく光景は、天国ってこんな場所なのかしらと思うほど。東京にいると広い空を見る機会もなかなかなく、自然と近い奈良の暮らしに羨ましさを感じます。

画像: 「お水取り」の儀式でも有名な東大寺二月堂。カメラマンと旅をすると、こんなに素敵な写真も撮影してくれるという、ありがたき幸せ! PHOTOGRAPH BY MAI KISE

「お水取り」の儀式でも有名な東大寺二月堂。カメラマンと旅をすると、こんなに素敵な写真も撮影してくれるという、ありがたき幸せ!

PHOTOGRAPH BY MAI KISE

 夕食のあとは、絶対にみなで行きたかった東大寺の夜の二月堂。この夜景を見たら誰もが、「奈良が大好きです!」と叫びたくなってしまうはず。初めてこの場所を訪れた時、私もまさにそんな気持ちでした。まるで夢のなかにいるような静寂な場所が、24時間無料開放されています。誰もが、いつでも、平等に心を落ち着かせられる場所がある。そんな奈良の懐の深さが感じられて、胸があつくなってしまいます。もちろん、友人たちの心をぐっと鷲掴みにした場所のひとつともなりました。

画像: 「唐招提寺」の奥に広がる開山御廟(かいざんごびょう)。鑑真和上の墓所に続く静寂な苔庭のなんとも美しいこと! PHOTOGRAPH BY ASAKO KANNO

「唐招提寺」の奥に広がる開山御廟(かいざんごびょう)。鑑真和上の墓所に続く静寂な苔庭のなんとも美しいこと!
PHOTOGRAPH BY ASAKO KANNO

 他にも、みなに見せてあげたい大好きな場所はたくさんあります。「唐招提寺」の苔むした庭園、「依水園」の池泉回遊式庭園、萬葉集に詠まれた植物を植栽する「萬葉植物園」、世界遺産でもある「春日山原始林」に点在する歴史ある石仏たち。すべての場所が、あたたかみに包まれて、古代日本人の魂の気配を感じられる気がするのです。
「奈良では、子どもたちがおやつを大切にしまうお菓子箱を“ほうせき箱”と呼ぶんですよ」。これは、お家元が教えてくれたお話です。『瑞徳舎』は、私にとって、心の空腹を満たす「宝石箱」のような場所です」と。私にとっては、奈良という場所全部が「宝石箱」のように感じます。「本当に楽しかったね」「日本には、見たことのない素敵な場所がたくさんあるんだね」。奈良での旅の思い出が、友人たちとの会話によくのぼります。彼女たちにとっても、この旅が心の「宝石箱」となっていたらいいなと思うのです。

菅野麻子 ファッション・ディレクター
20代のほとんどをイタリアとイギリスで過ごす。帰国後、数誌のファッション誌でディレクターを務めたのち、独立し、現在はモード誌、カタログなどで活躍。「イタリアを第2の故郷のように思っていましたが、その後インドに夢中になり、南インドに家を借りるまでに。インドも第3の故郷となりました。今は奈良への通い路が大変楽しく、第4の故郷となりそうです」

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