映画監督とファッションブランドのPRとのWキャリアを続けていることでも注目の、穐山茉由さん。初めてのテレビドラマ監督経験を経て、いままた撮りたいもの、大事にしたいことが見つかった

BY KOZUE MATSUYAMA, PHOTOGRAPHS BY MAKI OGASAWARA

画像1: 映画監督・穐山茉由。
ブランドPRとのWキャリアという
「個性」からの挑戦

 大ぶりのパール調ボタンが目をひくカーディガンと、鮮やかなブルーのストライプパンツ。春の日差しに似合う着こなしで現れた穐山茉由さんは、映画監督として活動しながら、人気ファッションブランドでPRとしても働く異色のキャリアの持ち主だ。先ごろ終了したTVドラマ『春になったら』(カンテレ・フジテレビ系)では、連続ドラマの監督にも初挑戦。生と死を誠実な眼差しで見つめ、人生のブライトサイドを丁寧に切り取る巧みな演出に、毎週くすりと笑わされ、たっぷり涙を吸い取られた。作品全体に漂う雰囲気は、緊張感を与えない柔らかな彼女の佇まいにそっくりだ。

 長編映画監督デビューは2018年製作の『月極オトコトモダチ』。その後『シノノメ色の週末』で商業映画デビューを飾り、昨年公開された『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』では人気小説の映画化にも挑戦した。衣装の色や小道具、セットや照明にいたるまで、手がけた作品にはすべて穐山さんの美学とスタイルが貫かれている。
「神は細部に宿ると言うように、映像として映るものすべてを表現したいし、意味を持たせたいんです。細かすぎて気づかれないこともあるけれど、考えること自体が楽しくて。たまに観客の方に見つけてもらえるとうれしいんです」

 映像制作に魅了された原点は、想像を超えるものが生み出される、チームでのものづくりの楽しさ。ファッションブランドのPRは主に、デザイナーが作った商品を宣伝するのが仕事だが、キャリアを重ねるうちに「自分で自由に作れるものを探したい」と思うようになったという。特に仕事にするつもりはなかったものの、バンドを組んだり、写真の学校に通ったり、好奇心の赴くままにさまざまなことにチャレンジ。ようやく「これだ!」と引き当てたのが映像制作だった。「仕事をしながら映画美学校に通った時間がただただ楽しくて。様々な人とぶつかり合いながら、思いもよらないものができるものづくりが好きだと、気づいたんです」。

婚約破棄を決断して気がついた
自分の本心

画像: 人生のなかで必要だった「自由」を見つけることの意味。決断後、ファッションPRの仕事と映画を学ぶことの両立は「大変というよりも『楽しい』という気持ちが何よりも強かった、という

人生のなかで必要だった「自由」を見つけることの意味。決断後、ファッションPRの仕事と映画を学ぶことの両立は「大変というよりも『楽しい』という気持ちが何よりも強かった、という

 もうひとつ、穐山さんが映画監督の道に飛び込んだことを語る上で避けて通れないのが、婚約破棄の経験。婚約者の転勤に伴い、会社にも辞職を伝えた矢先の29歳の出来事だった。「ちょうど映像制作のワークショップに参加して興味を抱き始めてもいました。家庭に入ったらやりたいことができなくなるかもしれないという違和感や、仕事をやめて知らない土地で暮らすことの不安が徐々に膨らみはじめ、価値観の違いを話し合いで解決できない状態に。『後戻りできなくなる前に結婚するのをやめよう』と腹をくくったんです」。親からの「早く結婚してほしい」というプレッシャーもあったし、彼女自身も「結婚はするものだ」と思ってきた。よくある世間の“こうあるべき”という価値観を、反発しながらも受け入れてきた人生だったという。「見えない何かにずっと遠慮して生きてきたのですが、婚約破棄を決断した瞬間に『自分の本心に従って決断してもいいんじゃん!』と気づいちゃったというか。今思うと当然のことですが、その時は目からウロコ。めちゃくちゃ気持ちが楽になって、本腰を入れて映像を勉強しようと決意しました」。
 

 婚約破棄に伴い「やっぱり辞めるのをやめます」と会社に謝罪すると、「戻ってくるような気がした」と明るく受け止めてもらえた。ハートが燃える楽しいほうを選ぶ好奇心が「にじみ出ちゃっていたのかも」と、穐山さんは可笑しそうに振り返る。現在は週2日出社して商品のリース業務を行い、それ以外の日は映像制作に費やす。「週2日だとできる仕事も限られますが、社歴も長いので、会社との信頼関係のもとに、両立しやすい契約形態に変更させてもらいました。本当に恵まれているし、今のバランスがちょうどいいんです」。PRと映画監督のWキャリアは、今や穐山さんの個性のひとつ。今後PRの仕事を手放す可能性を尋ねると「今以上に映像制作に意欲的になったら、会社を卒業するタイミングも来るかもしれません」と語る。選択する自由を手にした彼女の言葉には、人生に責任を持つ覚悟と強さがにじんでいた。

“映像業界”での働き方について
Wキャリアだから持てた視点

画像: 弊社のある神保町から九段下のあいだをゆっくり歩きながら。「PRとしても映像のほうでも集英社さんとお仕事をすることがあって、神保町には時々来ます。先日もある編集部と仕事の打合せで来たばかり(笑)」

弊社のある神保町から九段下のあいだをゆっくり歩きながら。「PRとしても映像のほうでも集英社さんとお仕事をすることがあって、神保町には時々来ます。先日もある編集部と仕事の打合せで来たばかり(笑)」

 どの分野でも、30歳を過ぎてからのキャリアスタートは遠回りのイメージを持たれるかもしれない。けれど、社会人経験を経て映画監督に飛び込んだ穐山さんには「“仕事だから仕方なくやるもの”としては向き合いたくない」という強い思いがある。「アイデアが湧く瞬間や急にギアが入る瞬間は自分でコントロールできないので、ある程度時間をかけて作品に向き合う機会は欲しいと思っています」。ドラマの経験を経て改めて、オリジナル映画を撮りたいという思いにも立ち戻ることができた。依頼される仕事の楽しさもあるし、オリジナルの楽しさもある。いろんな働き方でバランスを保つのが、彼女には合っているようだ。
 助監督などの下積みを経ず、異業種からの映画監督デビューだったからこそ、一般企業とあまりにも仕組みが違う労働環境に驚いたこともある。「ものづくりの現場は思い入れがあるほど時間をかけたくなるし、根性論的なところで押し通してきた過去もあったと思います。でも私は絶対にちゃんと寝たいし、休みも欲しい(笑)。そうしないと頭も働かないですからね。限られた予算と時間を有意義に使うために、できる限り無駄を省いてみんなが働きやすい環境にしていきたいんです」。
 
「映画は監督のもの」と言われて、目指す表現のために一切の妥協を許さない絶対的な権力者というイメージを抱かれることも。まわりのスタッフは監督の要望を叶えるために奔走してくれたりもする。でも、みんなで作ることに魅了されている穐山さんは、そんな監督像は目指していない。というより「キャラ的にムリ」だと笑う。「すべての事柄を自分だけで決めてしまうのはもったいないって、単純に思うんです。経験の浅い若いスタッフにもフラットに接するし、意見をいきなり否定することもしません。なるべく話しやすい人でいたいんです。私みたいな監督がいてもいいかなって思っています」。

人が抱く「名前のつけられない感情」を
もっと描いてみたい

 映像業界に新たな風を吹かせる穐山さんのクリエイティブの原動力は、日常の中で出会った “名前のつけられない感情”を表現したいという思い。恋愛、結婚、女の友情や男女の友情など、アラサー女性が直面するあれこれをリアルにすくい取ってきたが、そんな彼女も、今や40代。これからは「映像作品で描かれる大人の女性のバリエーションを増やしたい」と考えている。さらに興味の矛先は10〜20代女性にも。「今の若い女の子たちには『全身脱毛しなきゃ』とか『二重手術しなきゃいけない』みたいな価値観が広がっているように思えるんです。彼女たちが何を悩み、どう生活しているのか、リサーチをして描いてみたいですね」。

画像: 多くの人がいる現場で、自分印はマスキングテープや色ペン、シールを貼ったヘッドフォンなどでアピール。「『春になったら』は主人公役の奈緒さんや父親を演じた木梨(憲武)さんを含め、キャスト同士の空気感が和やかだったので、型にはめずに楽しく演じてもらいたくて。その場で生まれたものを逃さずにいかに切り取るか、今までで一番悩んだ現場でした」

多くの人がいる現場で、自分印はマスキングテープや色ペン、シールを貼ったヘッドフォンなどでアピール。「『春になったら』は主人公役の奈緒さんや父親を演じた木梨(憲武)さんを含め、キャスト同士の空気感が和やかだったので、型にはめずに楽しく演じてもらいたくて。その場で生まれたものを逃さずにいかに切り取るか、今までで一番悩んだ現場でした」

画像: 「現場以外の仕事やオフの時は色のきれいなリップで気分を変えます」。コンパクトなバッグにはほかにもふとした時に薫る香りにほっとすることもあるというオイルやバームも入れて(すべて穐山さん私物)

「現場以外の仕事やオフの時は色のきれいなリップで気分を変えます」。コンパクトなバッグにはほかにもふとした時に薫る香りにほっとすることもあるというオイルやバームも入れて(すべて穐山さん私物)

 ちなみに昨年、同じ映像業界で働くパートナーと結婚。一緒にいて楽で、地に足ついた穏やかな関係性だとか。0から1を生むクリエイターの作品には、その人の人生や問題意識がにじむもの。「女の子を撮るのが楽しいし、個人的に一番気持ちがのる」と語る彼女が、年齢とキャリアを重ねてどんな女性像を世に放っていくのか。たどってきたユニークな道のりと、楽しいほうを選ぶ軽やかな生き方のように、きっとますます私たちをワクワクさせてくれるはずだ。  

画像: 穐山茉由(MAYU AKIYAMA) 1982年生まれ。ファッションブランドのPRを務めるかたわら、30歳の時に映画美学校に通い映像制作を学ぶ。2018年に『月極オトコトモダチ』で長編監督デビューし、『シノノメ色の週末』『人生に詰んだ元アイドルは、赤のおっさんと住む選択をした』を監督。2022年公開の映画『左様なら今晩は』では脚本を担当した。ドラマ『春になったら』では初めて連続ドラマの監督を務めた。

穐山茉由(MAYU AKIYAMA)
1982年生まれ。ファッションブランドのPRを務めるかたわら、30歳の時に映画美学校に通い映像制作を学ぶ。2018年に『月極オトコトモダチ』で長編監督デビューし、『シノノメ色の週末』『人生に詰んだ元アイドルは、赤のおっさんと住む選択をした』を監督。2022年公開の映画『左様なら今晩は』では脚本を担当した。ドラマ『春になったら』では初めて連続ドラマの監督を務めた。

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