江戸時代の初期に“傾奇者(かぶきもの)”たちが歌舞伎の原型を創り上げたように、令和の時代も花形歌舞伎俳優たちが歌舞伎の未来のために奮闘している。そんな彼らの歌舞伎に対する熱い思いを、舞台での美しい姿を切り取った撮り下ろし写真とともにお届けする。ナビゲーターは歌舞伎案内人、山下シオン

BY SHION YAMASHITA, PHOTOGRAPHS BY WATARU ISHIDA

画像1: 『源氏物語』光源氏=市川染五郎

『源氏物語』光源氏=市川染五郎

 平安時代に紫式部が綴った日本最古の長編小説『源氏物語』は、日本が世界に誇る名作で、歌舞伎でもさまざまな視点で上演されてきた。今回は五十四帖ある物語の中から、「六条御息所の巻」と題して、主人公の光源氏と、知性と品格を兼ね備えた年上の愛人、六条御息所を中心にしつつ、御息所の怨念に悩まされる正妻の葵の上の思いなどが描かれている。六条御息所を坂東玉三郎さん、葵の上を中村時蔵さん、そして光源氏は市川染五郎さんが演じる。大ベテランの俳優と次世代を担う花形俳優の共演には、大きな注目が集まっている。玉三郎さんを相手役に演じる染五郎さんに、その心境について伺った。

──今年はNHK大河ドラマ『光る君へ』が放映されていることから『源氏物語』に関心を持つ方も増えているようですが、染五郎さんはいかがでしたか?

染五郎:今回、光源氏を演らせていただくにあたって、いろいろと調べているところです。幻想的な世界観がすごく好きですし、人物の描写が細かく描かれていて、現代の人にも共感できる要素があるのかなということは、なんとなく思っていました。

──光源氏を演じることになった率直な気持ちをお聞かせください。

染五郎:一度は演じてみたい人物だとは以前から思っていましたが、まさか10代のうちに演らせていただけるとは思っていなかったので、お声がけいただいた時は、とても驚きました。それと同時に、光源氏という役に、ついに巡り会えたような嬉しさもありました。
 演じてみたかったのは、物語自体の世界観に興味があったことや平安装束を綺麗に着こなしてみたいという思いがあったからです。スチール撮影の際に、装束を初めて着させていただきましたが、やはり着こなしづらいものなのだと実感しました。とてもゆったりしているのですが、シワが出ないようにピタッと着なければなりません。袖丈も腕よりも長いので、袖口の内側を手で握って持つのが平安装束の着方なのですが、ぐしゃっと握ってしまうと下品に見えてしまいますし、美しく扱うことがなかなか難しいと思いました。

画像2: 『源氏物語』光源氏=市川染五郎

『源氏物語』光源氏=市川染五郎

画像: 『源氏物語』光源氏=市川染五郎(左)、六条御息所=坂東玉三郎(右)

『源氏物語』光源氏=市川染五郎(左)、六条御息所=坂東玉三郎(右)

──特別ビジュアルの光源氏と六条御息所がとても素敵ですが、撮影時のエピソードがあれば教えてください。

染五郎:僕自身も玉三郎のおじ様が過去になさった時のお写真などを拝見して、それを参考にイメージしていたものもあったのですが、玉三郎のおじ様が顔(化粧)をする前に楽屋に来てくださって、光源氏の顔のイメージを伝えてくださいました。そして撮影の時は、目線のことや衣裳の扱い方なども細かく教えていただきました。
 出来上がったポスターを見て思ったのは、玉三郎のおじ様がなさる六条御息所は、芝居の中では生き霊になって葵の上を呪うわけですが、写真では仲睦まじく写っているんです。きっとあの二人の姿が六条御息所の理想の絵なのではないかと、自分なりに解釈しました。

──今回の『源氏物語』ではどんな光源氏を描こうと思いますか?

染五郎:自分がまだ10代だということもあって、自分の若さをそのまま出せればいいなと思います。また、男としての大らかさも出せたらいいなとも思っています。シャープな感じを極力削って、角のない柔らかい人物を創り上げたいです。

──玉三郎さんと共演することには、どんな期待をされていますか?

染五郎:玉三郎のおじ様とは9月の秀山祭でも『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)』でご一緒させていただき、主に声の出し方の技術的なところや義太夫狂言の根本的なところを教えていただきました。『妹背山婦女庭訓』は古典の義太夫狂言で、台詞回しや間の取り方があるので、そういう決まっている台詞にどのようにして気持ちを乗せていくかが大切です。気持ちがしっかりとできていても、それが古典の表現に乗らなければ古典歌舞伎として成立しないので、それが難しかったです。今回の『源氏物語』は新作なので表現方法など、感覚的に違うと思うので、また新たにいろいろなことを教えていただけるのがとても楽しみです。
 発声法としては、喉の奥の方をきちんと開けるとか、口の中の空間を意識して響かせるように声を発するとか、これまでも自分なりに意識しているつもりでしたが、玉三郎のおじ様のご指導は今までに経験したことがなくて、新鮮でした。床に寝そべって台詞をいうとか、身体をぶらぶら揺らして、脱力して声を出すとか。このご指導のおかげで自分でもわかるほど、出す声が変わったと思います。
 これまでご一緒する機会があまりなかったので、僕の恋人役を演じる日が来るとは思わなかったと玉三郎のおじ様もおっしゃっていました。おじ様の中では僕のイメージが小さい頃のまま止まっていたそうです。僕自身もご一緒できるとは思っていなかったので、このひと月はおじ様に食らいついていきたいと思います。

画像1: 撮り下ろし舞台写真で愛でる
令和を駆ける“かぶき者”たち
Vol.8 市川染五郞

──ご自身のこれまでを振り返って、気づきを得ることができたと思える舞台があれば教えてください。

染五郎:少なくとも今年1年を振り返ると、1番印象的なのは2月の博多座で『江戸宵闇妖鉤爪(えどのやみあやしのかぎづめ)』です。江戸川乱歩の作品を歌舞伎化したものですが、僕にとって本当に小さい頃からの憧れの役で、その作品に出演できたことももちろんですが、今回は脚本の打ち合わせから全部、作品づくりそのものに関わらせていただいたことも嬉しかったです。
 僕は小さい頃からお芝居を作ることに興味がありまして、新作に出させていただくたびに、自分なりの演出を頭の中で想像を巡らせていましたが、実際に舞台でやることはなかったので、それを初めてやらせていただいたという意味でも印象深い経験でした。
 また、僕は自分を俯瞰で見てしまうタイプで、それは自分では長所だと思っています。演じる人物を俯瞰して見ることも大切ですし、作品を創る上では作品全体を見なければならないので、そのためには視野を広くもたなければなりません。そういう意味で演じる側の立場であると同時に、創る側の立場にもなるのは、僕自身には向いていることかなと思っています。チラシの演目名の右側に「市川染五郎演出」とクレジットが入るのが僕の夢です。何十年も先のことかもしれませんが、いつか必ず実現させたいです。

──いつか演じてみたい役を挙げるとしたら何の役ですか?

染五郎:1番憧れているものを挙げるなら、当然『勧進帳』の弁慶です。僕は弁慶以外でも『金閣寺』の松永大膳のような太い役が好きで、わりと声も太いほうが出しやすいんです。

──9月の秀山祭ではお父様の松本幸四郎さんがその弁慶を演じ、染五郎さんは義経を勤められました。同じ舞台に立ってみて、印象に残っていることはありますか?

染五郎:秀山祭では、父は播磨屋(二世中村吉右衛門)のおじ様のやり方で弁慶を演じていました。弁慶は父にとっても、子どもの頃からの憧れの役です。それなのに、先日、「あと1回くらいは弁慶を演ってみたい」と言っていて、「いや、1回だけなの? 40代になってからやっと叶った夢なのだから、そう言いながらもっと演るでしょ?」と聞きながら思っていました(笑)。
 確かにとても体力の必要なお役で、最後に花道で六方を踏んで揚幕へと向かっていくときも、揚幕の内側に後見が待ち構えていて、鳥屋に入ってきた時にラグビーのタックルをするように後見が受け止めないと弁慶は止まれないんです。それぐらいの勢いがあります。父は引っ込みの六方も秀山祭では播磨屋のおじ様のやり方でやっていたので、高麗屋とはまた違います。今回も弁慶の横にいて、そういう思いを感じていました。

──舞台に立つ上で、歌舞伎にまつわることを日々勉強されていることが伝わってきますが、プライベートな時間は何をして過ごされるのでしょうか?

染五郎:昔からゲーム好きで、夜中にゲームをしています。「フォートナイト」というオンラインゲームが特に好きなのですが、「クリエイティブ」という自由にコンテンツを創ることができるモードを楽しんでいます。このクリエイティブモードの世界ではたまに歌手の方がバーチャルライブをしていることがあって、バーチャルを生かした演出が見ていてとても面白いんです。すごい巨大化したものが同上したり、空間が360度見られたりするので、ここで歌舞伎をやりたいと思いました。結局、歌舞伎に繋げてしまいます(笑)。

──染五郎さんの同世代や次世代の人たちに歌舞伎を観てもらうために、挑戦したいと思っていることはありますか?

染五郎:最近のお客様の中には、伝統芸能というよりは、歌舞伎を演劇としてご覧になっている方が多いような印象があります。だからこそ、歌舞伎の型にも、その根底には人物の心理というものがあるということを意識して演じなければならないと思っています。演じる役の心理描写をきちんと積み上げずに、歌舞伎っぽい台詞回しや動きに頼ってしまうと、ただ単に歌舞伎風に演っているだけになってしまいます。“歌舞伎風の歌舞伎”であってはいけないと思います。かつて祖父(松本白鸚)が「梨苑座」というものを立ち上げて、歌舞伎の演劇的な部分を模索していたことがあるのですが、僕はこの「梨苑座」を復活させたいと考えています。当時は『夢の仲蔵』という中村仲蔵の話を描いた作品を手がけていましたが、今でこそ演劇的な歌舞伎はナチュラルに受け容れていただけるような気がします。『夢の仲蔵』も演りたいですし、自分で新たに創ることにも挑みたいです。

画像2: 撮り下ろし舞台写真で愛でる
令和を駆ける“かぶき者”たち
Vol.8 市川染五郞

──初日を迎えて 10月10日に電話で取材
  実際に舞台に立つことで、どんなことを実感されていますか?

染五郎:今回は、舞台に几帳が置かれているだけという抽象的なセットで、盆(廻り舞台)を回すくらいしか変化はありません。ですから情景やシチュエーションをお客様の想像に委ねているので、そこに難しさがあることを舞台に立ってみて実感しました。
 玉三郎のおじ様からは、初日が開いてからも、声の出し方など、今までの僕が経験したことのない角度からの視点でいろいろと教わっています。光源氏は、架空の人物とはいえ、日本人の中には根付いている人なので、新作ではありますが、ゼロから創れる役ではありません。おじ様からも「台詞劇ではあるけれども、時代物を意識して演じた方が良い」と教わりました。

──葵の上を演じる中村時蔵さんとの共演にはどんなことを感じていますか?

染五郎:時蔵のお兄さんは演じる人物を一つ一つ丁寧に積み重ねて創っていらっしゃることをすごく感じていたのですが、今回の舞台でもそうして創り上げた本当の葵の上としていてくださいます。当たり前のことをとても自然になさっているところがすごいと思いました。僕が言うのもおこがましいですが、その葵の上がいてくださると、僕自身も光源氏としていやすいので、毎日すごいなと思いつつ、ありがたいです。

画像: 『源氏物語』光源氏=市川染五郎(左)、葵の上=中村時蔵(右)

『源氏物語』光源氏=市川染五郎(左)、葵の上=中村時蔵(右)

──染五郎さんは普段から舞台にいるご自身を俯瞰して見ていらっしゃるとのことですが、光源氏はご自身の目にどのように映っていますか?

染五郎: どんな役でも客観的に見て、自分自身を分析していかないと成長できないと思っているので、そこは変わらず、いつものように自分を俯瞰しています。
 今回は登場の仕方がすごく怖いです。お客様をじらして、じらして、幕が開いてから30分ぐらい経って光源氏はやっと出てきますが、それがすごく得だと思うと同時に怖さも感じています。お客様が待ちに待ったという空気の中に出ていくわけですから。そういう意味でもお客様のイメージの中にある光源氏像に、100パーセントハマっている人物として出ていかなければならないことへの恐れかもしれません。

画像: 市川染五郎(ICHIKAWA SOMEGORO) 東京都生まれ。父は松本幸四郎。祖父は松本白鸚。2007年6月歌舞伎座『侠客春雨傘』の高麗屋齋吉で、本名の藤間齋(ふじま・いつき)の名で初お目見得。09年6月歌舞伎座『門出祝寿連獅子(かどんでいおうことぶきれんじし)』の童後に孫獅子の精で四代目松本金太郎を名のり初舞台。18年1・2月歌舞伎座で八代目市川染五郎を襲名。 ©SHOCHIKU

市川染五郎(ICHIKAWA SOMEGORO)
東京都生まれ。父は松本幸四郎。祖父は松本白鸚。2007年6月歌舞伎座『侠客春雨傘』の高麗屋齋吉で、本名の藤間齋(ふじま・いつき)の名で初お目見得。09年6月歌舞伎座『門出祝寿連獅子(かどんでいおうことぶきれんじし)』の童後に孫獅子の精で四代目松本金太郎を名のり初舞台。18年1・2月歌舞伎座で八代目市川染五郎を襲名。
©SHOCHIKU

画像3: 撮り下ろし舞台写真で愛でる
令和を駆ける“かぶき者”たち
Vol.8 市川染五郞

錦秋十月大歌舞伎
昼の部 11:00開演
一、『平家女護島 俊寛』
二、『音菊曽我彩 稚児姿出世始話』
三、『権三と助十 神田橋本町裏長屋』
夜の部 16:30開演
一、『婦系図 本郷薬師縁日 柳橋柏家 湯島境内』
二、『源氏物語 六畳御息所の巻』

※市川染五郞さんは、
夜の部『源氏物語 六畳御息所の巻』
に出演。

会場:歌舞伎座
住所:東京都中央区銀座4-12-15
上演日程:2024年10月2日(水)〜26日(土)
問い合わせ:チケットホン松竹 TEL. 0570-000-489
チケットweb松竹

山下シオン(やました・しおん)
エディター&ライター。女性誌、男性誌で、きもの、美容、ファッション、旅、文化、医学など多岐にわたる分野の編集に携わる。歌舞伎観劇歴は約30年で、2007年の平成中村座のニューヨーク公演から本格的に歌舞伎の企画の発案、記事の構成、執筆をしてきた。現在は歌舞伎やバレエ、ミュージカル、映画などのエンターテインメントの魅力を伝えるための企画に多角的な視点から取り組んでいる。

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