知的な人々に似合う色鮮やかで独創的なファッションを生み出してきたベルギー人デザイナー、ドリス・ヴァン・ノッテン。アントワープの彼の庭とオフィスで、その魂に触れる

BY HANYA YANAGIHARA, PHOTOGRAPHS BY JACKIE NICKERSON, FASHION STYLED BY ELODIE DAVID TOUBOUL, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

画像: 2003-’04年秋冬コレクションより、ヴァン・ノッテンらしい退廃的な優美さが匂い立つスタイル。 レッドフォックスの ファーストールをあしらったコットンジャケットに、 ダークグリーンのウールセーター、オレンジ色のシルクのスカートを合わせて

2003-’04年秋冬コレクションより、ヴァン・ノッテンらしい退廃的な優美さが匂い立つスタイル。 レッドフォックスの ファーストールをあしらったコットンジャケットに、 ダークグリーンのウールセーター、オレンジ色のシルクのスカートを合わせて

画像: 2017-’18年秋冬ウィメンズ・ コレクション。ドリス ヴァン ノッテンのシグネチャー的な柄とグラフィカルモチーフが鮮やかなパンツスーツ ジャケット¥170,000、パンツ¥92,000、スニーカー¥52,000 ドリス ヴァン ノッテン TEL. 03(6820)8104

2017-’18年秋冬ウィメンズ・ コレクション。ドリス ヴァン ノッテンのシグネチャー的な柄とグラフィカルモチーフが鮮やかなパンツスーツ
ジャケット¥170,000、パンツ¥92,000、スニーカー¥52,000
ドリス ヴァン ノッテン
TEL. 03(6820)8104

 ヴァン・ノッテンの最大の才能は、その研ぎ澄まされた色彩感覚だ。現存するデザイナーのなかで、彼ほど色を熟知し、これほど多彩な色やトーンを創り出せる人はほかにいない。彼が生み出す繊細な色の一部は、一度見ただけでドリス ヴァン ノッテンの色として記憶に刻み込まれる。ディオールのシンボルが“ニュールック”なら、ヴァン・ノッテンのシンボルは独特のブルーだろう。インディゴより鮮やかで、ヤグルマギクより暗く、太平洋の海よりも深みがあるブルー。ほかにも独特の色はたくさんある。卵黄やマリーゴールドのような濃厚なイエロー。暗色のビロード地にのせたエメラルドのような、つややかで深みのあるグリーン。朱色にほんのり白を混ぜたようなレッド。くすんだパープル。

だがヴァン・ノッテンの作る服がこれほどに印象深く、多くの反響を呼ぶ理由は、このカラーパレットだけにあるわけではない。彼がこれらの色を奇妙に結びつけ、驚くほど対照的な組み合わせをするからなのだ。色を言葉に置き換えて説明するなら、“柿と貝殻”“肥やしと苔”といった、普通ならありえない、不快感さえもよおすような組み合わせを彼は提案する。だが、それを実際に見ると色と色とが見事に調和されていて、私たちは目からうろこの落ちる思いがする。それまでインプットされてきた“偏った色彩感覚”を、私たちが見直すべきだと気づくのだ。なぜ藤色とキャメルベージュを合わせたらいけないのか。ブルーグリーンとキャラメル色を組み合わせたら、本当は素敵なのではないかと。

 毎回こういった“見直し”を促すドリス ヴァン ノッテンのショーの中で、私が特に気に入っているのは、2009-’10年秋冬のウィメンズ・コレクションだ。このシーズンの服を焦点をぼかして眺めると、全体の配色がマーク・ロスコの絵のカラーブロックに見えてくる。ヴァン・ノッテンが緻密に生み出したこれらの色は、どれも見たことがないようなものばかりだ。クラレット(ボルドー産赤ワイン)風の赤紫のセーターに、苔に似たブルーグリーンのスカート。桃のようなピンクオレンジのスカートと、草のようなグリーンゴールドのシャツといった彩りで。このコレクションが印象的だった理由はほかにもある。たとえばウエストをベルトできゅっと締めたスマートなコートや、ヴァン・ノッテンお決まりの無造作でルーズなセーター。先端のほつれたソフトシルクのラッフルを何層も重ねたスカートは軽やかで、トウワタの綿毛のように空に飛び立ちそうだった。だが何より私が感銘を受けたのは、このショーの根底にあるコンセプトだ。つまり、着心地やシルエットにこだわるだけではなく、色を自由に創造し、巧みに活かすべきだというファッションへの提言である。不朽の価値を秘めた、最も魅惑的で神秘的な自然界の賜物である色彩に、もっと目を向けなくてはならないのだ。

 一般的に、デザイナーの仕事は女性の体を美しく表現することだと思い込まれている。この考えに従うと、デザイナーは、ボディラインを際立たせる服を作るか、あえてボディラインを隠す服を作るか、ふたつのタイプに大別されることになる。だがヴァン・ノッテンは、女性のボディラインのためではなく、知性に語りかける服作りをしている。私たちがヴァン・ノッテンの服に惹かれるのは、彼がおそらく静かに目を閉じながら編み出している、きらびやかな色の世界を少しでも自分の中に取り入れたいと願うからだ。

 そして色だけでなく、ヴァン・ノッテンは柄やモチーフについても抜群のセンスを誇っている。彼が創作の参考にするのは、清朝時代の装飾様式から、フランシス・ベーコンの絵画作品、オスマン帝国時代の図像、イギリス人写真家ジェームズ・リーヴが撮影した都会の夜景までありとあらゆる種類のものだ。デザイナーたちが創作のヒントにするのは、文化や特定の年代、アーティストなど、本人たちが実体験していない未見の事柄が多いとはいえ、彼らの関心がうわべだけのものに思えたり、偽物の愛着のように見えたりすることは本当によくある。だが、ヴァン・ノッテンはアイデアの源をそのまま使わずに、それらとのつながりを匂わせる。確かに、2012-’13年秋冬のコレクションではあちこちで中国の竜や不死鳥そのもののモチーフ(色は鮮やかなサフランイエロー)を見かけた。だが彼はそこに、ネパールの密教寺院の張り出し屋根を思わせる朱色と淡い緑のきらびやかなストライプや、日本の鶴を金糸で刺しゅうしたミッドナイドブルーのパーツをつけ加えた。デザイナーは模倣者ではない。インスピレーションの源を、その人らしい別の何かに変えるのがデザイナーだ。デザイナーであれば、手も加えずに、新たな解釈もせずに、自分の作品として披露したりはしない。

MODELS: AMANDA GOOGE/ WOMEN MANAGEMENT AND KERKKO SARIOLA/ NISCH MANAGEMENT. HAIR BY TOMOHIRO OHASHI AT MANAGEMENT+ARTISTS. MAKEUP BY ADRIEN PINAULTP AT MANAGEMENT+ARTISTS. SET DESIGN BY CAROLE GREGORIS AT MANAGEMENT+ARTISTS. CASTING BY ARIANNA PRADARELLI. ANTWERP PRODUCTION BY INGRID DEUSS. PARIS PRODUCTION BY SHAPE PRODUCTION. DIGITAL TECH: THOMAS RAFFAELLY AT SHERIFF PARIS. PHOTOGRAPHER’S ASSISTANTS: ALFA AROUNA AND TALOS BUCCELLATI. STYLIST’S ASSISTANT: JULIEN SCHMITT. HAIR ASSISTANT: SHO TANAKA. MAKEUP ASSISTANT: MOUNA BENOUHOUD. PROPS ASSISTANT: MANUEL CARCASSONNE

アントワープ郊外の庭にドリス・ヴァン・ノッテンを訪ねて<後編>

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