グッチのデザインにあふれる動物や植物の意匠は何を示すのか。ファッションの根源にあるものを、思想家・文化人類学者の中沢新一が考察する

BY SHINICHI NAKAZAWA, EDITED BY ITOI KURIYAMA

 男性女性を問わず、ファッションにはつねに動植物の意匠が大きな役割を果たしてきたが、いま見てきたことからもわかるように、そこにはふたつの軸が含まれている。ひとつの軸は水平的な「社会学的な軸」であり、そこでは社会的ないし精神的に自分が帰属したいと思う集団を表現するために、動植物の意匠を用いる。「シックな」とか「セレブらしい」とか「女性らしい」とか「格調のある」などというモード言語には、特定の社会的カテゴリーへの帰属願望があからさまに込められており、それがファッションの社会学的な軸の表現であることをしめしている。

 ところがファッションにはそれとは別な、もうひとつの軸がある。それは社会学的な軸に垂直に交わる別の軸で、私はそれをファッションの「哲学的な軸」と呼ぼうと思う。ファッションの哲学的な軸においては、ファッションは自分がそこに属している、あるいは属してみたいと願っている社会階層への帰属を表現するのではなく、むしろ階層性の構造を斜めに横切って、人間を動植物がしめす非人間的な領域に接続していこうとするのである。ファッションのもつこの側面は、哲学的思考の本質でもあるところの生成変化の能力と結びついている。そこで私はこの側面を、ファッションの哲学的な軸と呼ぼうと思う(注)。
(注) 哲学が社会で容認された常識に垂直に切り結んでいく知的行為に与えられる名称であることは、プラトンによっても強く主張されている。哲学者は思考による戦士なのだ。

画像: 写真の地のプリントは、2017-’18年秋冬コレクションのスカーフ(¥55,000)より。 (上)カブトムシ、ミツバチ、バタフライが集結。 バッグ<H29 × W18.5 × D8.5cm>¥337,000 (下)「グッチ ガーデン」のパッチワークから好みの色・素材をアイコニックなバッグや靴などに自由にあしらい、カスタムオーダーすることができる。ホースビットローファーの新作に、タイガーのパッチを選んで シューズ ¥130,000 グッチ ジャパン カスタマーサービス(グッチ) フリーダイヤル: 0120-88-1921

写真の地のプリントは、2017-’18年秋冬コレクションのスカーフ(¥55,000)より。
(上)カブトムシ、ミツバチ、バタフライが集結。
バッグ<H29 × W18.5 × D8.5cm>¥337,000
(下)「グッチ ガーデン」のパッチワークから好みの色・素材をアイコニックなバッグや靴などに自由にあしらい、カスタムオーダーすることができる。ホースビットローファーの新作に、タイガーのパッチを選んで
シューズ ¥130,000
グッチ ジャパン カスタマーサービス(グッチ)
フリーダイヤル: 0120-88-1921

 ファッションに内蔵されたこの哲学的な軸は、ヨーロッパの伝統の中で主に戦士=騎士=貴族階級の文化的伝統と強く結びついて、豊かな表現を生み出してきた。その伝統の核心部ともいうべき部分が、馬具や武具に関わる装飾品を扱ってきた、皮革職人の世界に残されたのである。彼らはそのことを表現するために、馬具や武具に騎士的伝統に由来する、動植物の意匠を縫いつけた。

 だからグッチなのである。それは、サンローランやディオールなどの縫製職人の世界に深いつながりをもつ、社会学的な軸の強いファッションとは異質な本質をもつ。皮革職人の伝統とのつながりを失っていないグッチの無意識には、人間的領域の外への生成変化をめざそうとする、ファッションの哲学的な軸が、強力な作動を続けている。その影響はトム・フォードの残した仕事にも、はっきりと認めることができる。

 グッチの伝統に秘められてきたその哲学的な軸を、アレッサンドロ・ミケーレほど、あからさまに表現できたデザイナーはいない。ミケーレは何かを発明したわけではない。そうではなく、隠れていたものをあらためて露呈させることによって、伝統に新しい生命を吹き込んだのである。

画像: 2018年クルーズ コレクション 今年の5月、グッチ創設の地であるイタリア・フィレンツェのピッティ宮殿パラティーナ美術館で発表された。おなじみの動植物モチーフに加え、春画も登場。いつものように多様な要素を融合させた PHOTOGRAPHS: COURTESY OF GUCCI JAPAN

2018年クルーズ コレクション
今年の5月、グッチ創設の地であるイタリア・フィレンツェのピッティ宮殿パラティーナ美術館で発表された。おなじみの動植物モチーフに加え、春画も登場。いつものように多様な要素を融合させた
PHOTOGRAPHS: COURTESY OF GUCCI JAPAN

 じっさい、ミケーレのデザインになる意匠には、自然界の深みへ垂直に降りていく精神の運動がセットされている。ロマンティックな花の模様をあしらったドレスは、それをまとう女性の内部から、彼女の少女性を引き出す力をもっている。そこに描かれた植物の記号性によって、そのようなことが起こっているのではない。そのドレスは女性を、水平的な社会的視線の前に「花」として差し出すと同時に、彼女を大地に根を下ろした植物の領域へ、垂直的に引きずり込む力をもっている。ミケーレの花をまとった彼女は、植物のしめす非人間領域に踏み込み、そこで植物の性器である花への生成変化をとげていくのだ。

 では男性の場合はどうだろう。そこでも動植物の意匠をちりばめたジャケットやスーツをまといながら、彼は男性でも女性でもない非ジェンダーの領域に踏み込み、ついで人間を逸脱した動植物の領域へと踏み込んで、そこで奇妙な非人間の悦楽に触れる。性の秩序を逸脱するどころか、そこには人間からの逸脱までセットされている。デザインにセットされたさまざまな逸脱への通路。その通路を通して、動植物が開く人間の外部にあるものの領域へと、人は誘い出されていく。

 ミケーレは流行やモードとしてのファッションの陰に隠されてきた、ファッションのもうひとつの本質をなす哲学的な軸を目覚めさせようとしている。そのような現象がほかならぬグッチで起こったことには、深い文明論的意味が込められている。ミケーレのデザインは、その本質において哲学的なのである。

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