BY OGOTO WATANABE, PHOTOGRAPHS BY SHINSUKE SATO
aicaさんは文化服装学院に進み、卒業して1年後には自分のブランド「SOWA」を立ち上げた。最初の合同展示会に出品すると、すぐにセレクトショップのバイヤーから注目を集めることに。当初はデザインからサンプル制作、パターン、縫製、仕上げまで、なにもかもひとりで、すべて手作業で行っていた。「ビジネスのことも、イチから現場で知りました。お店に卸す際のミニマム・ロットとか掛け率とか(笑)」。
来る日も来る日もマンションの自室でパターンを描き、ミシンと手縫いで服を作り続けた。注文は増える一方。疲労が重なり倒れても、すぐにまた服を作り続ける彼女を「もう見ていられない」と、yugoさんが手を差し伸べたのは2008年のことだ。以来、いつもふたりでSOWAの服を作っている。イメージをディスカッションし、デザインを考える。aicaさんはパターン制作、テキスタイルデザイン、縫製、生産管理などを手がけ、yugoさんは手縫い作業のほか、文章や展示の空間デコレーション、品質管理などを担当する。
最初のうちは、ふたりだけですべての服の全工程を手作業で行なっていた。だが、オーダーが増えると現実的にそれは不可能になる。ふたりは悩んだ。工場に協力してもらうと、オールハンドメイドとはいえないのではないか。それは怠惰なのでは? 短いサイクルで服が大量生産され、使い捨てされていくファストショップの潮流に疑問を持っているのに、それに加担することにならないだろうか――。
現在、工程の一部は国内の信頼を寄せる工場と共に行っている。「工場の方たちと仕事をするうちに、彼らへのリスペクトを感じるようになりました。今ではその部分は彼らの素晴らしいハンドメイドなんだと考えています」とaicaさんは言う。「型数を増やせたことでお客さまにも喜んでもらえるし、いいこともたくさん発見しました」とyugoさん。
だが、工場からお店へ直送することはない。すべての製品は、ふたりの手と目を通してから出荷される。服の仕上げをし、刺繍やステッチを施し、タグを縫い付ける。糸始末をし、細部までチェックし、アイロンをあてる。「すべての服のすべての部分に私たちが触れています。そして、お客さまが服を手にしたら、その場で着てパーティーに行けるぐらいの状態にして納品しています」という。
「着る人の日常に溶け込みながら、その人の気分をハッピーにし、暮らしをささやかに彩る。そんな服を作りたいと思うんです」とyugoさんは語る。コレクションごとに彼は小さな詩を作る。あるシーズンは、すべての服に“手紙”を付けて販売した。それは小さなラブレターで、服の型ごとにすべて異なる言葉を添えたという。あってもなくてもいいものかもしれない。でも、あったほうが暮らしや気持ちが楽しくなる。服や物に意味を持たせたいし、作る人と着る人の思いをつなげたいのだと。
「服って、少し時間がたってから、あの時あれを着ていたなあと思い出したりすることがありますよね。」とaicaさん。人生のひとときに寄り添い、ささやかな幸福で包む服――。「自分たちの手と目が届く範囲で、思いを薄めることなく作り続けたい」と、海外からのオファーを断ったことも過去にはある。
「でも、服をつくることはアートとは少し違う、と思っています。服って、アーティストの想いを表現して終わりというものではなく、着てもらって初めて意味をなすものだと思うので」とyugoさんは言う。イメージや物語も大切だが、服を作る際には日常のなかで着るための着心地のよさを十分に考え、機能性も重視する。また、“長く着られる”ということも大事にしている。
「うちの服は、じつは昔のものも現在のものも型はあまり変わっていないんです。お母さんと娘さんでシェアして着てくれたりも」とaicaさん。流行に左右されず、いつも、いつまでも着ることのできるもの。「クラシックでありベーシックでありながら、新しさがあること。そのちょうどよさというのが難しくて、いつも考えています」
ブランドを立ち上げた3年後、ふたりは入籍した。現在、アトリエにはふたりと猫二匹。アシスタントをもたず、自分たちにできることを誠実なやり方で続けている。yugoさんは男兄弟4人の中で育ち、幼少期は海外でも暮らした。「母から編み物を教わったり、小さな頃からお菓子も自分で作ってました」とほほ笑む。小学生のときは、通っていたピアノ教室にあった少女マンガに「こんな素敵な世界もあるのか!」と夢中になった。しかし、周囲とそれを分かちあうことはなかった。19歳でaicaさんに会ったときに初めて、自分が好きなものを好きなだけ語り合うことができ、なにか救われる感じがしたのだと語る。
朝から夜までくるくると立ち働くべき日、私はたいていSOWAのデニムを履く。着心地は最高に楽ちん、包容力があってたいていのトップスを受け止めてくれる。携帯をポケットから取り出す際、水玉やギンガムチェックの生地が突然ちらりと見えるのもいい。楽しい約束やイベントに向かうときは花柄のパッチのついたコート。こちらは全部違うボタンが並んでいるからか、毎度まわりの人とのカンバセーションピースとなる。
服とは何だろう。私たちはもはや裸では暮らせない。古来、服は素肌を覆い、さまざまな外的刺激から身を守るものでもある。服の力で自分を実際より大きく見せたいと思う時期も過ぎた今、ささやかな贅沢が許されるなら、心地よいエネルギーに満たされた服に包まれたいと思う。誰かを大切に思う気持ち、日々の幸せを願う気持ち。見えないけれども空気に織り込まれた優しい思いが、さらりと縫いこめられた服がいい。
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