時代が変化を求めても、エルメスは変化を拒む。永遠に変わらないこと、それが彼らの最大の武器なのだ。世にも稀有なメゾンを支える7人のクリエーターが語る、その魅力と知られざる裏側

BY NANCY HASS, PHOTOGRAPHS BY OLIVER METZGER, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

 アルディとヴァンへ= シビュルスキーはシーズンごとに数回顔を合わせて、お互いのアイデアがきちんと一致しているかを確認し合う。ここ数年は、シルエットも、ヒールの高さもスカート丈も、とにかく多種多様なので、共通項を見つけるのはさほど難しいことではない。「私たちふたりは、どのアイテムも独立したオブジェであるべきだって考えているわ」とヴァンへ=シビュルスキーは言う。NY発のブランド「ザ・ロウ」で4年間デザイン・ディレクターを務めていた彼女は、2014年にエルメスに加わった。彼女のコレクションについては賛否両論があり、しばしば「マイルドすぎる」「新しさに欠ける」といった非難の声を聞く。

画像: ウィメンズ・プレタポルテ部門 ナデージュ・ヴァンへ=シビュルスキー クリストフ・ルメール退任後、2014年よりウィメンズ・プレタポルテを担う。パンタンでは自身のアトリエと、レザーの貯蔵室を行き来しながら仕事をしている。貯蔵室は温湿度が調整された半ば秘密の空間で、ロール状に丸められた無数の稀少なレザーが保管されている。イタリアの工場をはじめ海外に行く頻度も多い。 「エルメスではラグジュアリーがどうのこうのと話したことがないわ。その代わり知性について話し合うのよ」

ウィメンズ・プレタポルテ部門 ナデージュ・ヴァンへ=シビュルスキー
クリストフ・ルメール退任後、2014年よりウィメンズ・プレタポルテを担う。パンタンでは自身のアトリエと、レザーの貯蔵室を行き来しながら仕事をしている。貯蔵室は温湿度が調整された半ば秘密の空間で、ロール状に丸められた無数の稀少なレザーが保管されている。イタリアの工場をはじめ海外に行く頻度も多い。
「エルメスではラグジュアリーがどうのこうのと話したことがないわ。その代わり知性について話し合うのよ」

だが90年代の後半から2010年まで、マルタン・マルジェラとジャン=ポール・ゴルチエがエルメスのデザイナーを務めた時代(ふたりとも、エルメスには心地よい連帯感があって穏やかな時間が過ごせたと語っている)にも批判めいた意見はあった。彼らのデザイン自体は評価されたが、エルメスにしてはアヴァンギャルドすぎると思われていたのだ。現在、プレタポルテとアクセサリーの売り上げは、メゾン全体の収益の21%を占めるが、ヴァンへ=シビュルスキーは特にアウターウェアに力を入れているそうだ。今シーズンはバターイエロー色のダブルフェイスのカシミヤコートなどを提案している。「私たちはほかのデザイナーが何を作っているかなんていっさい興味がないわ」と彼女は言う。「時代の空気と、私たち自身の気分を感じ取っているだけ。最近のファッションにはまったく関心がないし、感銘も受けないから。そんなファッションに目を向ける必要がない私は幸運よね」 

画像: ウィメンズ・ジャケットのファースト・トワルサンプル

ウィメンズ・ジャケットのファースト・トワルサンプル

 そう語る彼女は知っているのだろう。新進デザイナーはファッションに蝕むしばまれやすいものだと。ファッションとはもともとこういう性質だったのかもしれないし、時とともにこんなふうに変わってしまったのかもしれない。ファッション界には、若手デザイナーが才能を開花させる十分なゆとりがない。シーズンごとのコレクションは次々容赦なく押し寄せ、売り上げのプレッシャーがのしかかり、経費削減や部門の移動を迫られ、ついにはそこを立ち去ることになるのだ。だがエルメスは違う。彼らが選んだのは“タイムレス”という優雅なリズムであり、流行に煩わされず、あえてそこから距離を置いた場所である。つまり、エルメスは時代に逆行するパラレルワールドの中にいるのだ。その並行世界では価値あるものが大切にされ、“即座に得られる喜び”は拒絶され、永遠に使えるものが作られる。

文学通で思索家のアルディは、自由の本質についてよく考えることがあるそうだ。彼はシューズのアトリエにある長テーブルに腰掛け、次のコレクションに使う風変わりなパーツを、手の上でひっくり返しながら眺めていた。それは彫刻のようなスティールのヒールだったが、見ようによってはフランス人彫刻家ジャン・アルプの作品の雛形にも、分厚いピルグリム・バックル(スクエア型のピンバックル)にも見えた。

「自由って年齢とともに少しずつ失われてしまうものだよね。なぜって、徐々にいろいろな可能性が減っていくわけだから」と彼は切りだす。「でも僕は、15年前より今のほうが自由だって感じている。別のブランドにいたらこんなふうには思わなかっただろうけれど。みんなもこのことは知っている。社内の人だけじゃなく、ほかの企業の人もみんな。エルメスでものを作ると、最初に思い描いていたものよりはるかに美しく仕上がるんだ。人々の温もりある手のおかげでね」

PHOTO ASSISTANT: MARTIN VARET., GROOMING: HUE LAN VAN DUC AND GÉRALDINE LEMAIRE

 

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