ジュン アシダのコレクションを伝える映像がいま、デジタル界で話題を呼んでいる。2023年に60周年を迎えるジュン アシダ、そして自らの名を冠したブランド、タエ アシダ。デザイナーに就任して以来30年、今では2つのブランドを率いる芦田多恵に、ファッションとテクノロジーの融合がもたらす可能性について、話を聞いた

BY ITOI KURIYAMA

 日本のエレガンスを代表する老舗メゾン、ジュン アシダが、最先端テクノロジーを用いた映像を発表して話題を呼んでいる。来年60周年を迎えるブランド、ジュン アシダは、2022年春夏から2シーズンにわたり、コレクションの発表に際し、ボリュメトリックビデオシステムを駆使したムービーを制作したのだ。これは、「複数のカメラで全方位から撮影し、3Dのデータに変換する」技術。先端テクノロジーとノーブルなファッション、この一見相反するような双方の融合は一体どのようにして実現したのか。
 父・故芦田淳を引き継ぎ2019年春夏よりジュン アシダのクリエイティブディレクターを務め、さらに2012年にスタートさせたタエ アシダのデザイナーを兼任する芦田多恵に話を聞いた。

――今回、タエ アシダは久々のショーを開催されました。また、ジュン アシダでは、近年映像で新作を発表されていますが、その理由は何でしょうか。 

芦田 今年、私がデザイナーとして30周年を迎えたのと、コロナ禍以降、久しぶりに開催できそうな状況になったということもあり、タエ アシダの2022-23年秋冬はショー形式で発表しました。

画像: タエ アシダ 2022-23秋冬コレクション www.youtube.com

タエ アシダ 2022-23秋冬コレクション

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芦田 リアルなショーにはパワーがあると思いますが、ショーという形式に固執しているわけではありません。2011年の東日本大震災の時に無観客のショーを配信した経験もきっかけとなり、その時々に適した発表形式を柔軟に考えるようになりました。以前は両ブランドともランウェイショーを行なっていましたが、お客様に2度も足を運んでいただくのが恐縮でしたし、ジュン アシダというブランドには何年経っても色褪せずにきちっと成立する、普遍性のようなものがある。後々まで長く残る映像という表現に合っている気がしました。

――ジュン アシダでは2022年春夏から2シーズンにわたり、ボリュメトリックビデオシステムのムービーを制作していますが、この技術に出合ったきっかけを教えてください。

芦田 キヤノンが開発したボリュメトリックビデオシステムは、日本IBMと協業して活用する機会を提供しているのですが、たまたまそのプロジェクトのIBM側の責任者が主人の同級生で。それまでスポーツやエンターテインメント分野では採用されていたようなのですが、以前うちのショーをご覧になったこともあり、ブランドのこともよくご存知で、ファッションではどうだろうという話になり、彼が主人に「興味ないか」と電話をくださって。偶然、私も横にいました。
 コレクションの発表の2ヶ月くらい前のことだったと思います。服のものづくりと同時に映像制作も進んでいて、ランウェイの背景にスクリーンを設営して街の風景のライブ映像を流す、という案が出ていたところでした。当初ボリュメトリックについてあんまり理解はできていなかったのですが(笑)、方向性としてすごく近い気がしましたし、何か面白いことができるんじゃないかという直感が働き、「やりたいです!」とすぐに手をあげました。、

――即決だったのですね!(笑)。伝統あるブランドを率いていると、イメージ等を考慮して新しいことに挑戦するのは慎重になってしまいそうですが…

芦田 今の自分にない未知のアイデアや発想にすごく興味を持ちます。新しい経験をした後の自分は、きっと違うことを考えるはず。挑戦することによって次が見えてくるんじゃないか、という期待感が常にあるので、あんまり深く考えずわりと飛びついてしまうんです。
 それまでにも、たとえば2020年春夏にはテクノロジーとファッションをテーマにしたくて、ライゾマティクスとコラボレーションしたインスタレーションを発表しました。ロボットアームがモデルの左右から撮影して、ディテールを見ていただく仕掛けでした。

画像: ジュン アシダ2020年春夏では、ライゾマティクスとコラボレーションしてカメラを付けたロボットアームがスキャンした画像をスクリーンに投影。ディテールの魅力まで迫力をもって見せた COURTESY OF JUN ASHIDA

ジュン アシダ2020年春夏では、ライゾマティクスとコラボレーションしてカメラを付けたロボットアームがスキャンした画像をスクリーンに投影。ディテールの魅力まで迫力をもって見せた
COURTESY OF JUN ASHIDA

――2022年春夏コレクションの撮影はどのように進めたのでしょうか?

芦田 100台以上のカメラが設置されたグリーンバックのスタジオで撮影しました。ボリュメトリック映像を作ることができる範囲が8m四方あり、その中をモデルが1回歩くだけで、約3秒後には視点を360度自由に操れるCG映像ができあがるんです。ただ、陰に隠れた部分は本来の姿とは異なる様子になる事例もあり、キヤノンのスタッフの方がより忠実な映像に整える処理を行いました。

画像: ジュン アシダ 2022年春夏コレクション www.youtube.com

ジュン アシダ 2022年春夏コレクション

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――なぜその次のシーズンもこのシステムを採用されたのでしょうか?

芦田 最初から2回やると決まっていたんです。ですから、1作目はそもそもボリュメトリックというものを世の中も私たちもそんなによくわかっていないし、あんまりたくさん盛り込まないで、できるだけシンプルに見せることにしました。背景はCGなので、例えば海の底でも空中でもピラミッドの上にでも設定できるのですが、そうするとボリュメトリックの持ち味がちょっと散漫になってしまう気もして。洋服に目がいかなくなってしまうことも避けたかったんです。

――2作目ではどんなことに挑戦されたのでしょうか。

芦田 1作目は春夏コレクションで薄手の生地が多かったのでまだよかったのですが、テクスチャーの表現が充分ではないと感じていました。でも、技術者の方に「CGでテクスチャーを表現するのは技術的に難しい」と言われて。それで映像監督と検討して、普通のカメラで撮った映像を同じメタバース空間で組み合わせてしまえばディテールを見せることができるんじゃないか、という提案をしたんです。すると、技術者のトップの方が、「目から鱗です」とおっしゃったんですよね。

画像: ジュン アシダ 2022-23 秋冬コレクション www.youtube.com

ジュン アシダ 2022-23 秋冬コレクション

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――専門家からすると斬新な発想だったのですね。

芦田 実はまだそこまで熟していない世界だからか、素人の発想が功を奏することもあるみたいで(笑)。
 この映像の反響が大きく、今年4月に開催された米TDK Venturesのフォーラム「DX Week 2022」内で、『メタバース』のセッションにパネリストとして登壇することになってしまいました。先端テクノロジーの専門家たちが並ぶなか、全くの門外漢なのに、5年後、10年後、メタバースにとって何が一番のインパクトになっているか、という質問に答えるはめに(笑)。

――何とお答えになったのでしょうか?

芦田 5年後は、私たちがジュン アシダの映像で模索したように、いかにリアルに表現できるかということが鍵になると言いました。そして10年後は、メタバース上でよりリアルを求めていくのか、それともそこでしか表現できないようなアンリアルで生きていく方が大切なのか、といった迷いや混乱が起きるんじゃないか、という話をしました。すると視聴者から、専門家の方々の意見よりも多くの共感を得ることができたんです。どんどん開発を進める技術者と、ユーザーの感覚が乖離しているのかもしれない、と感じた出来事でしたね。

――モード界でもNFTに取り組むブランドが増えてきていますが、こちらにも関心がおありでしょうか?

芦田 すごく興味があります。ただ実現させるにはあまりにも知識が浅いので、勉強のためにもヘッドマウントディスプレイを買って実践してみているところです。どういうものか聞くだけなのと、実際にやってみるのとでは大違い。いろんなインスピレーションがわくかな、と。わからないから脇に置いておこう、という姿勢は避けたいと思っています。
 また、これは60年もの歴史がある父の作品に脚光を当てられるひとつの方法になり得るかもと考えてもいるんです。

――ジュン アシダ2022-23年秋冬では、1992-93年秋冬のアーカイブをアレンジしたイヴニングドレスも印象的でした。

画像: ジュン アシダ2022-23年秋冬のフィナーレを飾ったドレス3体のうちの1体。30年前の作品を基にしているが、シルエットは現在でも通用すると感じ,ほぼそのまま。当時の作品に近いメタリックの生地を用いて再現した COURTESY OF JUN ASHIDA

ジュン アシダ2022-23年秋冬のフィナーレを飾ったドレス3体のうちの1体。30年前の作品を基にしているが、シルエットは現在でも通用すると感じ,ほぼそのまま。当時の作品に近いメタリックの生地を用いて再現した
COURTESY OF JUN ASHIDA

芦田 22年春夏コレクションでも、最後にアーカイブを盛り込みました。父の作品には、やはり普遍性があると思うんです。2014年に国立新美術館で開催したメゾン創立50周年を記念したエキシビション「エレガンス不滅論。」では、時系列で見せるのはつまらなく感じ、結局7つのテーマを設けて紹介しました。結果、父の30代の作品と80代の作品が隣り合わせになっても何か違和感がない。30代で美智子皇太子妃(当時)の専任デザイナーを務めていた時から、作風がすでに完成されていたんですよね。それが父の作品のひとつの特徴であるとしたら、最先端のデジタルの表現の中に入っていても成立するはずだということを証明したかったところもあります。

――新技術の活用に積極的に取り組んでいらっしゃいますが、メゾンにおいて変えずに守っていくべきものは、どの部分でしょうか。

芦田 ボリュメトリックに挑戦して、テクスチャーを表現することの重要性を改めて感じました。確かに未来的なイメージの洋服って、宇宙服もそうですが、つるんとしています。CGでテクスチャーを表現する技術が開発されていないのも、必要がなかったからなのかもしれません。大量生産の洋服においても、細かい作業を極力省くために多種多様なテクスチャーは避けますよね。ですから、今後はテクスチャー=ラグジュアリーになってくるんじゃないかと思うんです。メタバース=未来的というのは短絡的で、メタバースの世界でもタッチや着心地、触れ合うなどの‟五感”というものが贅沢になっていく。テクノロジーのなかで、いかにリアリティを活かしていくかが大事であると思います。
 日常のなかで心地良く着ていただきたい、というのがメゾンの主題ですから、肌触りが良く高品質であれば、ものづくりに最新技術が駆使されるのは歓迎です。私たちはイタリアの生地を主に使っていますが、一見クラシックなツイードだけど実はジャージー素材のボンディングで快適な着心地だったり、環境に負荷の少ない方法で生産されているなど、かなり進化を遂げています。そうした生地を積極的に採用し、メゾンが誇るクオリティやテクスチャーを未来に持っていきたいと思っていますものづくりは文化のひとつ。技術は一夜にしてならず、です。今もこれからも、いいものづくりに励みながら時代に向き合っていこうと思います。

――今後のメゾンの展望についてはどのようにお考えでしょうか。

芦田 これまで通り、上質なものづくりに向き合いながら、時代と共にありたいです。
 ただ、これだけ時代が変わっているので、将来の展望を語るのは今、何だかすごく不毛な気はしています。明日のこともわからない、みたいになっていますから。今やるべき、と直感が働いたことに取り組み、それによって次が見えてくるはず、という考え方です。

――タエ アシダ2022-23年秋冬コレクションで発表された気球のプリントには、これからの30年への思いを託されたとか。

画像: タエ アシダ2022-23年秋冬コレクションでは、気球のプリントが印象的に用いられた。顧客にも多くの共感を得たという COURTESY OF TAE ASHIDA

タエ アシダ2022-23年秋冬コレクションでは、気球のプリントが印象的に用いられた。顧客にも多くの共感を得たという
COURTESY OF TAE ASHIDA

芦田 「風の時代」が始まったと言われていますが、風に乗ってしなやかに生きるというスタイルが、今の自身の気持ちにぴったりきているんです。地上では戦争が起きたり、人種差別なども根深い問題ですが、空には境界線はなく、皆つながっている。平和と自由を願う思いも込めています。

 普遍的なスタイルや高品質なものづくりは、どんなに時代が変わっても成立する――。ジュン アシダは最先端技術を駆使した映像によってコレクションを発表することで、その信念を証明している。設立60年を迎えようというメゾンを率いる立場にありながら、決して保守的にはならず、世の中の新しい動きに敏感に反応し、実際にやってみて自分がどう感じるのかを楽しみながら前へ進む。そんな芦田多恵の軽やかな姿勢は、変動の時代を生きぬくためのヒントに充ちている。

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