ブームに沸く日本ワインの実力は世界に届くのか? ワインジャーナリスト安齋喜美子が俯瞰する

BY KIMIKO ANZAI, PHOTOGRAPHS BY KASANE NOGAWA

 その後、彩奈はボルドー大学やブルゴーニュで学び、フランス栽培醸造上級技術者の資格を取得した。帰国後は、毎年、シーズンが終わると南半球のアフリカやチリなどで研鑽を積み、知識を深めた。世界中を飛び回る彩奈には、各国に志を同じくする醸造家仲間がいる。だが、日本を出たときに彼女が耳にしたのは厳しい意見ばかりだったという。「グレイスワイン」は何度も国内外の大会で好成績を収め、品質の高さには定評がある。それでも「醸造家なら、この程度のワインは造れて当然」と言われることもあると、彩奈は苦笑する。

「そのたびに世界は大きいと感じます。日本には甲州種があり、これは日本ワインにとっての大きな強みです。でも、日本ワインが世界に通用するためには、赤ワインの品質向上も大切ではないかと感じています。日本の赤といえば、マスカットベーリーAが思い浮かびますが、カベルネ・ソーヴィニヨンやピノ・ノワールなどの国際品種でいいものが造れたときに、ようやく世界と同じステージに立てるのではないでしょうか」

画像: 「中央葡萄酒」の新しいカーヴも2015年に完成した

「中央葡萄酒」の新しいカーヴも2015年に完成した

 そう語る彼女からは、ワインに対する愛情と“世界に挑戦する”という静かな覚悟が伝わってくる。「数あるワインの中でも、もう一度飲んでみたいと思われるような、人の心に響くワインを造りたい。そのためには、現状に甘んずることなく、努力を続けなければいけないと思っています。いろいろな犠牲を払わなくてはいけないことも覚悟しています。でも、甲州種の、日本ワインの魅力を世界に伝えたいんです」

画像: 日本の固有種「甲州」。熟すと美しい撫子色に

日本の固有種「甲州」。熟すと美しい撫子色に

 もちろん、彩奈以外にも知識と実力を兼ね備え、頭角を現している醸造家は多い。たとえば、麻井宇介の影響を受けた“ウスケボーイズ”の「小布施ワイナリー」(曽我彰彦)、「ボー・ペイサージュ」(岡本英史)、「Kitoワイナリー」(城戸亜紀人)をはじめ、「ヴィラデストワイナリー」(小西超)、「ドメーヌ ミエ・イケノ」(池野美映)、「ドメーヌ タカヒコ」(曽我貴彦)などが“世界に届く”ハイレベルなワインを生み出している。いや、それだけではない。彼ら以前に「サントリー登美の丘ワイナリー」「シャトー・メルシャン」「タケダワイナリー」をはじめ、山梨や長野の多くの老舗ワイナリーが、幾多の苦難を乗り越えて日本ワインの道筋をつくってきたことも忘れてはならないだろう。

 その一方で、近年登場した造り手の中には首をかしげたくなるものも存在する。たとえば、酵母の香りだけが突出しているビオディナミのワインや、奥行きが感じられないフラットな味のものなど。日本ワインブームとはいえ、こういったワインまでもが一部でもてはやされることには違和感を覚える。情熱あるワイン造りには敬意を払うが、情熱だけでおいしいワインが造れるとは限らない。ワインが嗜好品である以上、味の好みは当然あるが、世界の基準に達していないものが店頭に並んでいるのも、また事実なのだ。

「今の日本ワインの状況は、70年代のカリフォルニアに似ています」というのは、『日本のワイナリーに行こう』の著書であるワインジャーナリストの石井もと子だ。日本のワイナリーを津々浦々まで取材し、「日本ワイナリー協会」の代表を務める。カリフォルニアワインは、80年代後半に「オーパス・ワン」が誕生して世界的成功を収め、90年代前半には「スクリーミング・イーグル」や「ハーラン・エステート」などのカルトワインが登場するなど、80年後半から90年代にかけて大きく発展したが、今後、日本ワインにも同じような発展のチャンスはあると分析する。

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