BY JUNKO ASAKA
部屋の一面を占めるガラス窓の向こうに、能登の海が水平線まで広がっている。雨が上がり、雲間からわずかに青空が顔を見せた…… と思いきや、1時間後にはまた激しい雨が窓をたたき始めた。「今日は能登らしい、いい天気(笑)。この雨がやがて雪やみぞれに変わって、いよいよ本格的な冬になります」と語るのは、能登を拠点に活躍する輪島塗りの塗師、赤木明登さんだ。
去る1月下旬の3日間、銀座のフランス料理レストラン「ESqUISSE(エスキス)」が、石川県輪島市の海沿いに建つ「ハイディワイナリー カフェ&レストラン」でコラボレーションイベントを行なった。現代の暮らしになじむ生活漆器“ぬりもの”を提唱して国内外にファンの多い赤木さんの漆器を使い、「エスキス」のエグゼクティブ・シェフであるリオネル・ベカと、地元で活躍する2人のシェフがコラボレートし3人でひとつのコースを作り上げる——。聞くだに垂涎の、魅力的な企画だ。
この稀有な出会いのきっかけは、「エスキス」や「銀座 奥田」などの有名店を運営するメッドサポートシステムズの社長・大徳真一氏が、旧知の赤木さんの招きで能登を訪れたときのことだった。フランス料理店「ラトリエ・ドゥ・ノト」の池端隼也シェフ、イタリア料理店「ヴィラ・デラ・パーチェ」の平田明珠シェフの料理を口にし、そのレベルの高さに感銘を受けた大徳氏がすぐさまエスキスとのコラボを発案したのだ。
まず昨年11月にリオネルシェフが能登を訪問。郷土史家や寺の住職など、土地の歴史や食文化に詳しい人を訪ねることからプロジェクトは始まった。野菜の生産者や漁師、畜産農家にも会いに行くなかで、月の光が米の生育に大きく関係するという話に感銘を受けたリオネルがコラボレーションの軸として掲げたのが、「大地と月のあいだ」というストーリーだ。いわく、「料理人、漆職人、農家に共通するのは、自然という有機的な素材との深いつながり。種をまいて収穫し、型を作って漆を塗り、火を入れて料理を創作することは、大地から空へと上昇するエネルギーを解放し、素材を感動へと昇華させることによって、空から大地へ降り注ぐ月(という自然)にささやかなありがとうを伝えること」だと。