BY KIMIKO ANZAI
“耳まで白くて新食感”の食パンを使ったサンドイッチや、乾燥させたジャガイモや柑橘の皮を使用した「サステナブルソルト」などが、帝国ホテル 東京のホテルショップ「ガルガンチュワ」に登場した。それらは、どのような背景や経緯から誕生したのか。杉本さんに尋ねると、意外にも自身の経験のなかから自然に生まれてきたものであると言う。
「私はフランスとイギリスで13年間、フランス料理を学びました。フランス料理というと一般的に 高級食材をふんだんに使用した華麗なイメージがあります。でも、実際はそんなにきらびやかなものだけではなく、その地に根付いた食材を用いた地方料理の集合体がフランス料理なんです。魚があれば魚の料理、酪農が盛んな地では乳製品を用いた料理、ワインの産地ならワインを用いた料理など。グラン・メゾンの料理はそれらが進化して美しく彩られたものですが、グラン・メゾン、地方料理、双方に共通するのは、食材にフォーカスし、余すところなく活かしていくこと。たとえば魚なら、頭、骨、筋からはだしを取り、凝縮させてソースを作る。ひとつの食材に対峙するとき、どうやって無駄を出さないように調理していくか、考える。そんなフランス料理を学ぶなかで、素材をすべて活かして調理することが、自然に私の料理観となっていました」
杉本さんがヨーロッパで培った経験から誕生したのが「サステナブルソルト」だ。
「それまでも、根菜の皮を低温でじっくり煮だして野菜のブイヨンに用いていましたので、そこからの発想でソルトを作りました」と杉本さん。
「野菜の皮は外敵から身を守っている部分。一番苦く、えぐみのある部位ですが、その食材の個性、キャラクターのようなものが一番現れているところでもあるんです。これは料理人から見ると、食材そのものの魅力に思える。ジャガイモの皮を乾燥させてパウダーにして塩とブレンドしたら、深みのある味わいの塩になりました」と語る。食品ロス対策のためというよりも、フランス料理の理にかなうやり方で味を追及するなかから、ロス削減のひとつの方法が自ずと見出されたのだ。
一方で、耳まで白いパンの登場は、帝国ホテルの組織内にある「サステナブル推進委員会」の活動に端緒を成す。チームのメンバーがゴミについてアンケートをとったところ、多くの調理人が案ずる問題の筆頭が食パンの耳の廃棄だった。パンの耳だけならパン粉などに再利用もできるが、サンドイッチを作る場合は中身の具材と接触しているので、再利用が難しく捨てるしかないのだ。その廃棄量は、年間約2.5トンにも及んだ。
この解決策について、現場からもさまざまな声があがった。耳付きのままサンドイッチをお客様に提供するか。先にパンの耳を切ってから調理するか。
そこで杉本さんは発想の転換を図り、「切り落とされたパン耳のリサイクル方法を考えるのではなく、そもそもパン耳の廃棄がでない食パンを作ろう」と決意する。これを作るのは容易なことではなく、高度な技術が必要になる。糖度が高いと焼き色がつく。焼き色がつかないよう温度を下げると、水分が蒸発しにくいのでパンがもっちりとなるうえ、日持ちがしない。開発にあたって、ベーカリー部門のシェフとこまやかにやりとりをして試行錯誤を重ね、レシピを作り上げていったと言う。
「第一においしさを追求すると同時に、食品ロス削減を目標としました。パン耳を切り落とす必要のないことが関係者全員の目標でした」と振り返る。
ラグジュアリーを体現する帝国ホテルにおいて、食品ロス削減から生まれた商品を発売することには、どんな意義があるのだろうか? その問いに、杉本さんは、こう即答した。
「帝国ホテルの初代会長は日本経済の父と評された渋沢栄一です。常に、“ビジネスには『論語』と『そろばん』が大事”と説いていたそうです。道徳的なことがしっかりと組み込まれたビジネスでなければ、社会の健全な発展はありません。地域の人たちと一緒に企業も成長していく。周りをとり残さずに、一緒に成長していくという企業理念。サステナブルとラグジュアリーは、遠いようで近いと、私は思います」
現在、帝国ホテル 東京では、食品ロス対策の素材を使った商品「サステナブルソルト」の売り上げは、その一部を海洋保全団体に寄付しているという。
「おいしく社会を変える」という取り組みは、杉本さんにとって、まずは食べる人を幸福にすることから始まっている。次回は、杉本さんが現在取り組んでいる規格外食品への取り組みについてお伝えする。
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