BY MIKA KITAMURA, PHOTOGRAPHS BY MASAHIRO GODA
人生の節目を祝福する日に
グラン・メゾン「トゥールダルジャン 東京」
名店とは何か─。それは記念日に訪れる、とっておきのレストランかもしれないし、近所の居酒屋
であるかもしれない。筆者が思う名店とは、「訪れるたびに必ず幸せになる店」だ。料理の味はもちろん、店主やスタッフが醸し出す居心地のよさや、サービスを含めたお店の空気が幸福感をもたらす。そんな「名店」をTPOに合わせてご紹介しよう。
美食都市・東京には三ツ星クラスの店も多いが、フレンチなら、パリに本店を構えるこの店へ。本店の創業は1582年。当時の国王・アンリ3 世が訪れ、隣席のイタリア貴族が使っていたフォークを見てさっそく取り寄せ、フランスに広めたという逸話が伝えられている。441年もの本店の歴史は、フランス料理そのものの歴史だ。1984年、東京のホテルニューオータニ内に世界で唯一の支店が開業。エントランスはブルボン王朝を象徴する濃紺でまとめられ、ダイニングの壁に使われている樫の木はフランスからわざわざ運んだものだ。厨房に立つのは、M.O.F.(フランス国家最優秀職人章)を2019年に受章したルノー・オージエシェフ。連綿と続く鴨料理は健在だが、時代の新しい風を取り入れたお皿も登場する。黒トリュフと根セロリのスフレを、生命の誕生の象徴である卵の形に仕立てた料理は金箔があしらわれ、幸運を祈るひと皿にぴったり。温かい料理はクローシュと呼ばれるシルバーの蓋をのせて運ばれ、目の前で開けてもらう瞬間、高揚感に包まれる。格式は高いが、和やかなサービスが緊張を解いて至福へと導く。すべてが極上の本物。感動の食体験をぜひ。
トゥールダルジャン 東京
東京都千代田区紀尾井町4-1ホテルニューオータニ ザ・メイン ロビィ階
TEL.03-3239-3111(トゥールダルジャン 東京 直通)
ランチ¥11,000~(サ別)、ディナー¥22,000~(サ別)
公式サイトはこちらから
家族の記念日や親しい友との集いに
「リストランテ濱﨑」
濵﨑龍一シェフは、90年代からのイタリアンブームを支えてきたスターシェフのひとりだ。青山に店を構えて21年たった昨年、原宿・東郷神社内に移転した。スタッフの笑顔と丁寧なサービス、穏やかな空気が流れる空間は変わらないが、新天地は庭の緑が窓いっぱいにあふれている。「料理の基本は食材」がモットー。その料理は、信頼できる生産者から届く食材へのオマージュに満ちている。郷土に根づいたイタリア料理を洗練の味に仕立て、レストランを愛する人たちを惹きつけてきた。
「大切にしているのは、変えないように変えていくこと。テイストは変えず、小さな積み重ねで質を上げていくんです」。常に今より上質なものを。だから食材探しは怠らない。食材や技法を変えることで、同じ料理を少しずつバージョンアップ。しかも、イタリアから帰国した息子の弘瑶さんが昨年から厨房に入り、料理に新しい風が吹き始めた。
常に手をかけて店内の美しさを保つのも濵﨑流もてなしの秘訣。エントランスで客を迎えるブラックチェリーの重厚な扉は、青山時代のものをリメイクした。イタリア製の家具は大切に手入れして使い続ける。器はヨーロッパの名陶に特注で絵付けしたもの。「濱﨑」の看板を掲げたからにはと、必ず厨房に立ち、客への挨拶は欠かさない。客はシェフの顔を見て安心し、料理を楽しみ、また来ようと誓う。一度訪れたゲストが家族連れで再訪したり、記念日に予約を入れたり。店と客がともにつくり出す温かい空気が空間を満たすのも名店の名店たる証しであろう。
リストランテ濱﨑
東京都渋谷区神宮前1-5-3 東郷記念館2階
TEL.03-5772-8520
ランチ¥7,000〜(サ別)、ディナー¥14,000〜(サ別)
公式サイトはこちらから
進化しつづけるシェフ渾身の"今" を味わう
「プリズマ」
「丸茄子とパプリカのテリーヌと秋刀魚のタルタル」。蒸し煮にしたパプリカに香味野菜やトマトソースを加えて完熟野菜のうまみを表現したムースを、蒸し焼きにしたなすと重ねてテリーヌに。野菜のまろやかな風味を、脂ののったサンマと味わう。奥深く重層的な味に引き込まれた。プレゼンテーションはシックでモダン。奇をてらった味はひとつもない。クラシックに忠実なのに独創性にあふれている。
店は、青山の表通りから少し入った閑静な場所に佇む。壁一面ガラスの開放的な空間の奥に、広々としたオープンキッチン。厨房に立つのは斎藤智史(ともふみ)シェフひとり。仕込みをし、料理はもちろんデザートやパンまで手がけ、掃除もする。音楽を選び、花もシェフが生ける。接客はマダム・典子さんの担当。
「毎日、やりたいことがあふれてくるんです。ひとりなので自由にできる半面、あれもこれもとやってしまう」。自分が手をかけないものは出したくない。そんな気持ちが高じて、キャビアまで手作りしている。ひとりで厨房に立つと決めて、週4日、ディナーのみの営業にした。残りの3日間は仕込みにあてる。営業日は朝4 時50分に家を出て、豊洲市場へ。店をあとにするのは夜23時を過ぎる。現在、ミシュランガイド東京にて、イタリア料理店では唯一の二ツ星を獲得。天才肌と呼ばれるシェフだが、「僕、料理がヘタくそなんですよ。ヘタはヘタなりに努力して頑張らないと」。
ガイドブックの評価より、客の「おいしかった」のひと言がうれしいと言う。毎日の努力の結果は、満席の客の笑顔に表れている。
プリズマ
東京都港区南青山6-4-6 青山ALLEY 1 階
TEL.03-3406-3050
ディナー¥28,600〜(サ別)
真摯な姿勢がつくる味わいと心地よさ
「カフェ ド レント」
横浜・元町のメインストリートから1 本入ったレンガの道沿いに、カフェ好きを惹きつけてやまない店がある。ある方から「自分の感性の軸を正すために訪れる特別な場所」と紹介されて以来、筆者にとっても特別な場に。
店主の堀川学さんは、下北沢「チクテカフェ」で10年ほど働いたのち、ここに店を開いた。「シンプルを基本に『カフェ ド レントというスパイス』を効かせています」。インテリアは白と黒を基調に、遊び心のある照明とアンティーク家具を配し、心地よい空間に。メニューは品数を絞り、材料もレシピも吟味して丁寧に作り上げるものばかり。定番の「ニース風サラダ」は半熟卵とツナ、ホクホクのじゃがいも、シャキッとしたいんげんが爽やかな食べ心地だ。デザートのタルト類は生地に全粒粉を加えてよく焼き込み、カリッサクッと香ばしさが後を引く。真冬だけのビーフシチュー目あての近所のおばあさんが「まだ作らないの?」と扉を開けて尋ねてくることも。パンやデザート、飲み物1 品に至るまで、いっさい妥協はない。この味とレント(ゆるやか)な時間にハマる人続出。それも納得だ。
カフェ ド レント
神奈川県横浜市中区元町5 の213
駒形ビル101
TEL.045-263-6063
公式サイトはこちらから
使い勝手は自由。おいしい料理を気軽に楽しむ
「ソングブック」
「ソングブック」。なんて楽しい名前だろう。日本橋兜町のビストロ「Neki」のシェフである西恭平さんが、気軽に立ち寄れるカジュアルな姉妹店として、昨年オープン。店名は、料理店らしくない名前をと、敬愛するアメリカの写真家の写真集の名前からとった。
料理のテーマは「薪火」。薪火で焼く季節の食材とピッツァをメインに、生ハムやイワシのマリネなどの軽い前菜が揃う。ナチュラルワインやクラフトビールとともに、すべてアラカルトでオーダーできる。ピッツァ生地は3種類の小麦粉をブレンド。3日間も寝かすので、生地がなじんで、ふっくら、もちもちながらサクッと歯切れのいい焼き上がりだ。薪火の窯を囲むように設えられたカウンター席に座れば、まるで焚き火を見ながら会話しているような親密な空気が生まれる。
ランチも営業し、さらに月1 回の朝食イベントも。知り合いのコーヒーショップやパン屋、パティスリー、レコードショップなども参加して、肩の力が抜けた、食べたいものを選べる自在さがいい。こういう店が近所にあったなら、毎日の幸せ感が増すに違いない。
ソングブック
東京都世田谷区代田5-10-7 nakahara-sou1 階
TEL.03-6453-1982
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公式インスタグラムはこちら
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