BY MIKA KITAMURA, PHOTOGRAPHS BY MAKOTO ITO
「生地の材料は粉と生イースト、塩、水だけ。配合と焼き方で粉の持ち味を最大限に際立たせたい。最後、自分で育てた小麦を使うことで、納得のいく味になりました」
夕日が瀬戸内の島々を染める頃、林が開いた食堂を訪れた。店の名は「sowai(ソワイ)」。瀬戸内の海の幸が満載の前菜や魚料理を楽しんだあと、主役の「そわパーネ」が登場。ピッツァ用の窯で焼き上げられ、アツアツが運ばれてきた。しっかり焦げ目がつき、薪の香りがふうわり漂う。外皮はカリッとクリスピー、中はもっちりふんわりしていながら、サクッと歯切れがいい。この独特の食感は、生地を平らにのばすのではなく、縦に積み上げることで生まれるそうだ。小麦のほのかな甘みと焼き上がりにのせたバターとからすみの風味が重なり合う。これだけでも贅沢なのに、中にベシャメルソースで和えたカニが入っていてごちそう感が増す。
「生地の材料は粉と生イースト、塩、水だけ。配合と焼き方で粉の持ち味を最大限に際立たせたい。試行錯誤を繰り返し、最後は自分で育てた小麦を使うことで風味が加わり、納得のいく味になりました。やっと自信を持ってお披露目できるようになったのです」
自家栽培の小麦は、精製した小麦粉とふすまに分け、生地作りのたびに混ぜる。「ふすまは入れすぎると重くて野暮ったくなるし、少ないと風味が生きてこない。このあんばいが難しいんです。軽さを出すためにイタリア産の小麦も使います」。コロナ禍で店を開けられない状況のとき、自分のやりたいことが“降ってきた”と林は言う。閉店は新しい挑戦のための前向きな決断であった。
「ソワイ」とは、この地の釣り人の言葉で、魚が餌を求めて集まる魚礁を意味する。「大勢の人が集うおいしい隠れ家になればと名付けました」。林は毎朝、信頼を寄せる地元の鮮魚店へ仕入れに行き、野菜は地元の旬のものを使う。ここでしか味わえない瀬戸内の食材がテーブルを彩る。
広い窓からは、海と島、眼前の港にフェリーが発着する様子も眺められる。見上げれば、やさしい灯りが食卓を照らす。ランプは旧知のガラス作家・有松啓介の手によるものだ。店名の由来を聞いた有松が「釣り人の垂らす灯りに魚が寄ってくるように、お客さまが集うように」と作ってくれた。
場所は未定だが、リストランテ「アッカ」をクローズドなスタイルで再開することも計画中だ。「『ソワイ』で暮れなずむ海とアペリティーボを楽しんでから『アッカ』に移動してもらうとか」。牛窓にいると、やりたいことが次々出てくるのだそう。「ありがたいことに僕には料理の神様がついている」。林は、時々そう言う。新しい土地で神様が巡り合わせてくれた人々。彼らがつないでくれる瀬戸内の幸によって、林の料理は一層光を放っていくだろう。
sowai(ソワイ)
岡山県瀬戸内市牛窓町牛窓3023
定休日:水・木曜、日曜夜(ほか不定休あり)
営業時間︓ランチ13時〜、ディナー18時〜
※支払いは現金のみ。
予約の際、葉書に明記する事柄の詳細などは 公式インスタグラム @sowai.ushimadoをご覧ください。
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