クラシック音楽と美酒。指揮者・野津如弘が、時間芸術の交錯がもたらす発見を自在につづる。第13回は、洋上の旅を音で描くイベールの≪寄港地≫をご紹介。チュニジアの赤ワインを楽しみながら耳を傾ければ、きらめく海と太陽、爽快な風を感じるはず。忙しいひともひとときの空想旅行へ、いざ!

TEXT BY YUKIHIRO NOTSU, ILLUSTRAION BY YOKO MATSUMOTO

画像1: 指揮者・野津如弘の
音楽と美酒のつれづれノート
Vol.13 イベール「寄港地」とマゴン・ルージュ

 読者の皆さまの夏のヴァカンスは、海派それとも山派だろうか。夏の間、吹奏楽コンクールで休みがなかなか取れない僕は、それこそ海でも山でもどこにでも出掛けて行きたい気持ちだが、今回ご紹介するフランスの作曲家ジャック・イベール(1890-1962)は、海派といえるだろう。

 パリに生まれパリに没したイベールは、第一次世界大戦時に海軍の情報士官として従軍し、地中海が任務地となった。また、その後も休暇をブルターニュ地方の海辺の街ウルガットで過ごしたり、第二次世界大戦中は南仏の港町マルセイユで一時暮らすなど、海との関係の深い作曲家だ。出世作となった《寄港地》(1922)も、航海そして港町が題材となっている。従軍経験、新婚旅行で訪れたスペイン、ローマ留学時代に旅をしたシチリア、チュニジアの光景が元になった作品だ。

 この曲が1924年にパリのラムルー管弦楽団によって初演されると、批評家や聴衆から絶賛され、瞬く間に人気となった。なんといっても《寄港地》というタイトルが旅情を誘うではないか。

画像2: 指揮者・野津如弘の
音楽と美酒のつれづれノート
Vol.13 イベール「寄港地」とマゴン・ルージュ

 第1曲「ローマ〜パレルモ」は弱音器を付けた弦楽器に乗せて奏でられるフルート・ソロで静かに始まる。ローマを出航しパレルモへの航海は、次第にその速度を上げて大いに盛り上がり、パレルモの街の賑わいを連想させる音楽が聴こえてくる。地中海のほぼ中央にある要衝として古代から各国が覇権を争ってきた島シチリア。中心都市のパレルモは、良港を抱えた街として貿易の中継地としても栄え、現在に至るまでイタリア有数の大都市でもある。

 第2曲は「チュニス〜ネフタ」。シチリアから、アフリカ大陸のチュニジアへ。紀元前に地中海貿易で繁栄した古代国家カルタゴがチュニジアの前身であり、チュニスにはその遺跡が残っている。イベールが訪れた当時はフランス領であった。チュニスに上陸後、南の砂漠のオアシスでもあるネフタへと向かう、その灼熱の旅路の気怠さを象徴するようなオーボエのメロディーに終始導かれて曲は進んでいく。途中、空を見上げて、ギラギラとした太陽に眩暈を起こしたかのようなソロが現れる。実際、イベールはこの旅行中に重度の日射病(熱中症)となって、旅を途中で切り上げざるを得なかったそうだ。わずか2分ほどの長さの曲だが、不思議な味わいに満ちており、弦楽器のコル・レーニョ(弓の棹の木の部分で弦を叩くように演奏する)やピィツィカート(弦を指ではじいて演奏する)といった特殊奏法が効果を添えている。

 第3曲はガラリと雰囲気が変わる「バレンシア」。スペイン東部の港町バレンシアの情景を生き生きとしたスペイン舞曲で描いた楽章。イベールの母マルグリットは《三角帽子》で知られるスペインの作曲家マヌエル・デ・ファリャの親戚(従姉妹・再従姉妹とも)で、ファリャはイベールが音楽の道へ進む上で大きな影響を与えた。多くの打楽器が多彩なリズムと色彩を演出し、華麗な終曲となっている。

《寄港地》は1980年代前半、吹奏楽コンクールでも人気となった。習志野高校や淀川工業高校などの強豪校が取り上げ、大阪市立城陽中学校など中学生の名演も生まれた。またおそらくこの曲を全国大会で初演(1964年)した島根県立川本高校が1984年に再演し、全国大会へと駒を進めている。最近は取り上げられる機会が減っているようだが、またコンクールで聴ける日が来るだろうか。審査の合間、束の間の旅行気分に浸りたいものである

画像: 古来、チュニジアはぶどう栽培とワイン造りの歴史を持つ地。古代オリエント人が野生のぶどうの汁を発酵させて飲んでいたのを、海洋民族フェニキア人がヨーロッパに伝えたのがワインの始まりとも。さらにカルタゴには醸造学を深めた農学者マゴンの存在も。フェニキア人が築いた「海の帝国」カルタゴこそ、現在のチュニジア。さて、北アフリカの気候に育まれた赤ワインは果実味たっぷり。海を渡る人の思いと、時空を超えた悠久の浪漫が凝縮されつつ、気軽に楽しめるのもチュニジアのワインのいいところ。しなやかでシルキーなタンニンが素晴らしく、心地よい余韻に包まれる。音楽に耳を傾けれながらグラスを傾ければ、一瞬で空想の旅へ──。マゴン・ルージュ¥1,837 COURTESY OF M&P CORP. エム・アンド・ピー株式会社 TEL. .03-5462-7661 公式サイトはこちら

古来、チュニジアはぶどう栽培とワイン造りの歴史を持つ地。古代オリエント人が野生のぶどうの汁を発酵させて飲んでいたのを、海洋民族フェニキア人がヨーロッパに伝えたのがワインの始まりとも。さらにカルタゴには醸造学を深めた農学者マゴンの存在も。フェニキア人が築いた「海の帝国」カルタゴこそ、現在のチュニジア。さて、北アフリカの気候に育まれた赤ワインは果実味たっぷり。海を渡る人の思いと、時空を超えた悠久の浪漫が凝縮されつつ、気軽に楽しめるのもチュニジアのワインのいいところ。しなやかでシルキーなタンニンが素晴らしく、心地よい余韻に包まれる。音楽に耳を傾けれながらグラスを傾ければ、一瞬で空想の旅へ──。マゴン・ルージュ¥1,837

COURTESY OF M&P CORP.

エム・アンド・ピー株式会社
TEL. .03-5462-7661
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<参考文献>
磯田健一郎『近代・現代フランス音楽入門』(1991年、音楽之友社)
ジャック・イベール公式サイト

画像: 野津如弘(のつ・ゆきひろ)●1977年宮城県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、東京藝術大学楽理科を経てフィンランド国立シベリウス音楽院指揮科修士課程を最高位で修了。フィンランド放送交響楽団ほか国内外の楽団で客演。現在、常葉大学短期大学部で吹奏楽と指揮法を教える。明快で的確な指導に定評があるとともに、ユニークな選曲と豊かな表現が話題に。 公式サイトはこちら

野津如弘(のつ・ゆきひろ)●1977年宮城県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、東京藝術大学楽理科を経てフィンランド国立シベリウス音楽院指揮科修士課程を最高位で修了。フィンランド放送交響楽団ほか国内外の楽団で客演。現在、常葉大学短期大学部で吹奏楽と指揮法を教える。明快で的確な指導に定評があるとともに、ユニークな選曲と豊かな表現が話題に。
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画像: マツモトヨーコ●画家・イラストレーター 京都市立芸術大学大学院版画専攻修了。「好きなものは各駅停車の旅、海外ドラマ、スパイ小説、動物全般。ときどき客船にっぽん丸のアート教室講師を担当。 公式インスタグラムはこちら

マツモトヨーコ●画家・イラストレーター 京都市立芸術大学大学院版画専攻修了。「好きなものは各駅停車の旅、海外ドラマ、スパイ小説、動物全般。ときどき客船にっぽん丸のアート教室講師を担当。
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