国内外を旅して風景や人、土地の文化を撮影するフォトグラファー、飯田裕子。独自の視線で切り取った、旅の遺産ともいうべき記憶を写真と言葉でつづる連載、第1回

TEXT AND PHOTOGRAPHS BY YUKO IIDA

 写真と旅。自分の人生の中でいつの間にか大きなウエイトを占めているのが、この2つだ。そのどちらにも共通しているのは「光」だと思う。 

 旅のハイライト的なものを観光というが、観光とは「国の光を観察する」という中国『易経』の一節に由来する。しかし、光とひと言で言っても、キラキラと華やぎのあるものから鈍色の光までさまざまだ。晩秋のこの季節には、少し温かみを帯びた光に惹かれる。そんな光を宿す国として思い出されるのはアイルランドだ。

画像: 1日の中に四季があると言われるアイルランド。雲が早い風とともに走る

1日の中に四季があると言われるアイルランド。雲が早い風とともに走る

 アイルランドは島国である。英国の西、ヨーロッパ大陸からは北西に位置し、メキシコ湾流の影響を受けているので、北とはいえ厳寒の地ではない。パリを経由しダブリン空港へ降り立つと、大陸のヨーロッパでは感じられなかった独特の湿度とゆったりした時間を肌に感じる。海流や水温の影響は風にも及び、めまぐるしく雲は流れ、太陽が見え隠れする。この地では、一日のうちに春夏秋冬の四季があるといわれる。

 アイルランドの代表的な織物、ツイードの服は日本でもなじみ深い。質実剛健で温もりのある厚手の羊毛織物だ。アイルランドを訪れ、その大地に立つと、大地自体がまさにツイードのようだった。硬いスポンジのように、足をやわらかく受け止める。土の正体はボグ(泥炭地層:ピートモス)といい、太古の昔、この地は今より温暖で樫の木の大森林地帯が広がっていたことを物語っている。

画像: ドネゴール地方のツイード。大地のように質実剛健で温かい

ドネゴール地方のツイード。大地のように質実剛健で温かい

画像: 湿った硬いスポンジのような「ボグ」の広がるピートの荒れ地。アイルランド島のおよそ6分の1を占める

湿った硬いスポンジのような「ボグ」の広がるピートの荒れ地。アイルランド島のおよそ6分の1を占める

 春には可憐な花々が土色のキャンバスの上に現れるという。アイルランドの人々はボグをレンガ状に切り出し、乾燥させて燃料としてきた。かつて家では暖炉にボグを燃やし暖をとり、パンを焼き、料理を作った。それはきっと日本の家の囲炉裏と同じで、中心にはいつも暖炉があったのだ。

「昔は、ダブリン空港に着くとボグの匂いがして、ああ、戻ってきたと感じたものさ」ダブリンのパブで、ギネスを飲んで上機嫌の老人がそう語った。老人ももちろん、ツイードのジャケットが似合っていた。どこか陽気で憎めない、音楽と歌とお酒が大好きで、時に演劇的でもある独特のコミュニケーションは、文学者J.ジョイスの傑作「ダブリン市民」さながらである。

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