国内外を旅して風景や人、土地の文化を撮影するフォトグラファー、飯田裕子。独自の視線で切り取った、旅の遺産ともいうべき記憶を写真と言葉でつづる連載、第1回

TEXT AND PHOTOGRAPHS BY YUKO IIDA

 アイルランドの湿度を含む風や低く垂れ込める雲、哀愁を帯びた光は、どこか日本海側の風土にも似ている。ダブリンの街を歩き、宝飾店でケルト文様の丸いブローチが目にとまった。3匹の犬が蔓のように絡みあっている図案がどうしても気になり、銀職人を訪ねた。「これもケルズの書から頂いたデザインさ。でも本当の意味はわからない。その迷宮的なところがいいんだ。世界はまだ謎に満ちているよ」と、彼は手を止めて笑った。

画像: ケルズの書からとった3匹の犬をモチーフにした銀のブローチ。その意味は迷宮のまま

ケルズの書からとった3匹の犬をモチーフにした銀のブローチ。その意味は迷宮のまま

 アイルランドの南西部に車を走らせてみた。高い山がなく、晩秋でも枯れないエバーグリーンの牧草地、なだらかな起伏の丘陵と鏡のように空を映す湖を横目に、道は続く。川の水はボグランドの泥炭層を通過して、黒々として透明だ。大西洋に突き出たアイベラ半島の先にある周遊路、リング・オブ・ケリーを行けば海岸線は太古の氷河侵食の跡が荒々しく、まるで岩の要塞のようだ。

 その風景のBGMに一番似つかわしいのは、やはりアイルランドを代表するアーティスト「エンヤ」の音楽だろう。エンヤの故郷でもある北部へも足を伸ばした。海岸線は砂浜から岩まで、ダイナミックさと優しさを併せ持つ。特に、ジャイアンツ・コーズウエイという柱状摂理地形の場所には圧倒された。6,100万年前以降に起きた数回の噴火と、16,000年前の氷河期の活動でできた六角形の柱が舞台装置のように林立している。熱と冷たさ、この二つが特別な風景を創り、人はその奇岩に伝説という名の物語を作る。

画像: 地殻活動でできた柱状摂理。六角柱が海岸線に林立する様はダイナミックだ

地殻活動でできた柱状摂理。六角柱が海岸線に林立する様はダイナミックだ

画像: ダブリンの街とリフィー川。垂れ込める雲が夕暮れの街を包む

ダブリンの街とリフィー川。垂れ込める雲が夕暮れの街を包む

 アイルランドでは「妖精」の存在もとても身近だ。緑色の服を着たレプリコーンは中でも人気者で、彼は虹の下にツボに入れた宝を持っていて、もし彼に出会い彼を敬えば財運がつくと信じられている。しかし、もし彼の気を損ねたら逆にいたずらされるとも。どちらにせよ妖精たちは、人間がいて初めて活動できる存在らしい。

 しかし、アイルランドの歴史を紐解くと、喜びよりも哀しみの時代が長い。主食のジャガイモが病害のためほぼ全滅し大飢饉となった19世紀、アイルランドの人口は餓死で激減した。その時、地主の英国用小麦はたわわに実を付けていたにも関わらずである。アイリッシュ・ダンスの下半身の激しい動きも、地主には何食わぬ顔を見せ、足だけでダンスを楽しんだとも伝えられる。それでもなお楽しみを見出しながら生きてきた民衆の底力が、今も表現に残っている。アイルランドの人々は、理不尽な人間社会に妖精たちを寄り添わせ、心の友にしていたのだろうか。海の早い潮や、吹く風たちがそんな月日を洗い流して、今のアイルランドがある。

飯田裕子
写真家。1960年東京に生まれ、日本大学芸術学部写真学科に在学中より三木淳氏に師事。沖縄や南太平洋の島々、中国未開放地区の少数民族など、国内外の“ローカル”な土地の風景や人物、文化を多く被写体とし、旅とドキュメンタリーをテーマに雑誌、PR誌で撮影・執筆に携わる。現在は千葉県南房総をベースに各地を旅する日々。公式サイト

 

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