BY HARUMI KONO
下鴨神社、糺の森がある鴨川と高野川に挟まれたデルタ地帯。京都でも屈指の高級住宅地に建つ敷地面積265平米の「伽藍下鴨」。そのルーツは大正時代に遡る。当時、「下加茂カラー」という時代劇で一世を風靡した下鴨地区に一人の映画監督が暮らしていた。時が流れフランス人シェフが家屋をレストランという形で受け継いだ後、2017年、現在の持ち主である植良睦美氏に引き継がれる。当時、外資系の投資顧問会社に勤務しグローバルな環境に身を置いていた植良氏は、海外から訪れるゲストが日本文化、芸術を高く評価していることを感じていた。植良氏は京都に宿があれば、もっと深く日本の良さを知ってもらえるのではないかと考えるようになった。
もともとアンティークや歴史のある建築が好きだったという植良氏。大正時代の美しい家屋を当時の建築技術を残しながら再生することを決め、プロジェクトが始動する。そうはいうものの、今ではもう手に入ることのない素材や再生が難しい高度な匠の技を必要とするものが多くある。
「古い家を再生する、伽藍下鴨の場合は大正時代に戻すわけです。その中で一番質感が出てくるのは、面積が大きく聳え立つ壁でした。大正時代の質感を再生できるのは左官職人、久住有生さんしかいないと思いました」
久住氏は、国内外の歴史的建造物、ホテル、商業施設、個人の邸宅を手がける世界を舞台に活躍する左官職人だ。その久住氏によって玄関、床の間、寝室とそれぞれの壁が大正時代の質感を取り戻しながら現代美を備えたものとなった。中でも注目したいのが、伽藍下鴨のエンブレムとなっている浴室の壁に施された「さざ波」のモチーフだ。
久住氏をはじめ、伽藍下鴨のプロジェクトに携わったのは各界で活躍する精鋭たち。題字は平安時代を舞台としたテレビドラマの題字揮毫を担当した書家の根本知氏、リノベーション全般は素材とディテールを大切にして空間を作る株式会社 洛(RAKU)。彼らの最高の技術が調和しながら、二年の歳月をかけて伽藍下鴨は大正時代の美しさを今に伝える宿となった。
床の間と飾り棚が備えられた和室、雪見障子を隔てた縁側、今となっては貴重な大正ガラスが嵌め込まれた窓の向こうの庭には、宿の名前の由来となった伽藍石が圧倒的な存在感を放つ。そして床の間には辻村史朗氏の壺、玄関には細川護煕氏の花器をはじめ、キッチンに置かれたイギリス製アンティークのカフェテーブル、寝室に置かれたフィンユールのライティングビューロー、それぞれの家具にぴったりな椅子など、植良氏が時間をかけて選んだ一つ一つの調度品が、ずっと前からそこにあったかのように室内の佇まいに馴染んでいる。
そしてもう一つ、センスが光るのが二階の寝室にある大きな砂時計だ。
「テレビや電子機器類を置かずに、お客様には伽藍下鴨で過ごす間は何もしないという時間を大切にしていただけたらと思いました。時計を置くと、どうしても時間を気にしてしまいますよね。ゆったりした時間を感じていただくためにはどうしたら良いか考えた結果、砂時計が相応しいと思いました」(植良氏)
何もしない贅沢を楽しむ中にも、伽藍下鴨には大人の遊び心をくすぐるものがある。庭にある蔵だ。秘密基地のような蔵の入り口に立つと、中は一体どうなっているのだろうと自然と好奇心が湧いてくる。一階はウイスキーを中心に自然派ワインを揃えたバー。グラスを傾けながら二階のライブラリーで本を読む。しかも、ライブラリーは本のタイトルを隠したブラインドライブラリー。どの本を読むのかは実際に手にしてみないとわからないという、ちょっとした仕掛けがある。
滞在中の食事は、植良氏が中京区久遠院前町で主宰する「Zero Waste Kyoto(ゼロ・ウェイスト京都)」で扱う無農薬や無添加の食材を使った料理を中心に、ケータリングやシェフの派遣が可能だ。事前の予約により、好みの食材をヒアリングした上でオリジナルのメニューを組み立てるという贅沢な食事だ。料理を作るのは大原でカフェ「来麟」を経営し、野菜ソムリエの資格を持つ中山氏、出町升形商店街のビストロ「DELTA」で腕を振るう近江氏や、Zero Waste Kyoto の「Komorebi Kitchen」のイギリスからやってきたJosh Broad氏ら国籍の垣根を越えた面々。
彼らの食事に共通するのは身体に優しいこと。ヴィーガンやグルテンフリー対応は得意分野だ。もちろん三食とも外で食事をすることも、夕食だけ、昼食だけのように一食ずつ食事をリクエストすることもできる上、すりガラスの窓が大正ロマンの雰囲気を醸し出すキッチンで自炊もできる。
伽藍下鴨は滞在だけにとどまらず、小規模の大切なイベントや集まりの場としても密かに人気だ。イタリアの高級ブランドが特別な顧客向けにシークレットイベントの場として選んだのが、伽藍下鴨だった。その際には、イタリアの最前線をゆくファッションアイテムと歴史を感じさせる大正家屋のコントラストが、顧客を唸らせた。また、前出のシェフたちの料理を披露する会も不定期で催される。
「様々な人たちが”自分を取り戻す時間”として活用いただける場所に育てていきたいですね。リトリートプランの紹介ビデオの音楽には、かねてからの友人である株式会社MUSIC FOR MUSICのアーティスト・岡嶋かなたさんやTenmaにも協力していただきました。そして新たに、サウンドアーティスト、PoropioreのYujin Fujiwara氏が作る音のインテリアを導入してお客様にお楽しみいただく予定です。ドーハで開催された国際園芸博覧会2023の日本パビリオンの音楽を担当されたYujinさんが伽藍下鴨のために、どのようなサウンドを作ってくださるか私自身も楽しみです」と語る植良氏。
伽藍下鴨はゲストを迎える度に、僧侶の資格を持つEDGE flowers SEKKAの林惟彰コズモ氏が廊下と床の間の花を活ける「華飾」を行っている。美しい季節の花と室礼を通して大正時代の家屋の美しさが輝きを増す。京都市により歴史的風致形成建造物に指定されている伽藍下鴨で上質な時間を過ごす旅へあなたも、ぜひ。
伽藍下鴨
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住所非公開/詳細についてのお問い合わせは、公式サイトの「Contact」ページへ。
食事のオーダーは事前の予約が必要。
髙野はるみ(こうの・はるみ)
株式会社クリル・プリヴェ代表
外資系航空会社、オークション会社、現代アートギャラリー勤務を経て現職。国内外のVIPに特化したプライベートコンシェルジュ業務を中心にホスピタリティコンサルティング業務も行う。世界のラグジュアリー・トラベル・コンソーシアム「Virtuoso (ヴァーチュオソ)」に加盟。得意分野はラグジュアリーホテル、現代アート、ワイン。シャンパーニュ騎士団シュヴァリエ。
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