BY MASANOBU MATSUMOTO
19世紀にヨーロッパにわたった『北斎漫画』は、のちに印象派の画家にも影響を与えたジャポニスム(日本ブーム)の火付け役となり、「冨獄三十六景 神奈川沖浪裏」は“Great Wave”と世界から絶賛された。しかし、江戸時代の画狂・葛飾北斎の魅力はそれだけではないーーと、北斎研究の第一人者である故・永田生慈氏は語っていたという。木版画も肉筆画も描き、役者絵から美人画、名所絵(風景画)、戯画までと幅広いジャンルの作品を残した北斎は、約70年にわたる画家人生のなかで30回近くも画号(作家名)を改め、そのつど新しい画風を試みた。その全体はいまだ完全には解明されておらず、まだ研究途中の謎多き絵師なのだ。
永田氏がまさに人生を捧げたのは、そんな北斎の“本当の顔”を探ることだった。国内外に散らばった北斎やその門下の作品を追い、また私財を使って膨大な数の作品も蒐集。東京・西新井大師に眠っていた北斎の晩年の大作《弘法大師修法図》を見つけ出したのも永田氏である。現在、森アーツセンター ギャラリーで開かれている『新・北斎展』は、北斎にまつわる新発見、再発見を繰り返してきた氏が生前に10年以上温めていた企画であり、平成における北斎研究の集大成と言える。
本展では、初公開の作品を交えながら、北斎の代表的な6つの画号をピックアップして紹介。デビュー期であり、歌舞伎役者の似顔絵で人気を博した勝川春章の門下生であった「春朗」時代(20〜35歳頃)から始まり、琳派の一門である宗理派を学んだ「宗理」時代(36〜46歳頃)。そして、曲亭馬琴とタッグを組み、読本(当時の小説)の挿絵に注力した「葛飾北斎」時代(46〜50歳頃)、『北斎漫画』を生んだ「戴斗」時代(51〜60歳頃)。さらに「冨獄三十六景」などの名所絵を完成させ、動物絵、古典画や武者絵などにモチーフを拡張していった「為一」時代(61〜75歳頃)が続き、晩年の「画狂老人卍」時代(75〜90歳頃)まで。
約70年間、常に画法をアップデートし続けた北斎。その作家性を知るには、このように通観的に作品を観るのがわかりやすいし、なにより楽しい。たとえば、「神奈川沖浪裏」の波が砕け散る一瞬。これは北斎が30年かけてようやく到達した表現だと言われているが、その後、同じような波の描写が武士や歌舞伎役者の衣装のモチーフとしてこっそり登場していたり。また北斎は、大和絵に見られる「すやり霧」という技法(霧や雲を余白として描くことで、遠近感を表現したり画面割りを行う方法)を「宗理」時代以前より多用し、「葛飾北斎」期からはそれをよりデザイン的に改良している。「為一」期に描かれている滝や川による画面割りは、じつはその応用なのではと思えたりもする。
永田氏は“北斎は金太郎飴のような作家ではなく、切り口次第で違った顔を見せる。それが魅力だ”とたびたび発言していたという。本展で鑑賞者が一番に実感するのは、まさにそのことだ。その「いろんな北斎」を観ることで、はじめて北斎の本当の顔に出会えるのかもしれない。
『新・北斎展 HOKUSAI UPDATED』
会場:森アーツセンターギャラリー
会期:〜3月24日(日)※会期中、展示替えあり
住所:東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー52階
開館時間:10:00〜20:00 ただし火曜は〜17:00(※入館は30分前まで)
休館日:2月19日(火)、2月20日(水)、3月5日(火)
料金:一般¥1,600、大学・高校生¥1,300、中・小学生¥600
電話: 03(5777)8600(ハローダイヤル)
公式サイト