植民地時代の支配者たちのジェンダーに対する考え方は、男と女の2種類しかないというものだった。一方、多くの先住民たちはオープンで幅広いジェンダーの捉え方を伝統的に育んできた。支配者たちはそんな先住民の伝統と認識を消滅させるべく、長きにわたって彼らを征服してきた。だが今、若い世代の先住民族のクィア・アーティストたちが、自分たちのやり方で、先祖の伝統を甦らせる作品を作り世に送り出している

BY LIGAYA MISHAN, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 フレームで切り取られた写真に写っているのは、女体に見える。被写体のモデルは全裸で、その肌にはオイルが塗られてギラギラと光っている。背景の色は薄いローズブラウンで、モデルの肌の色よりもほんのわずかだけ濃い。長い黒髪が流れる滝のように乳房を覆っている。性器があると想像できる場所には、トナカイの巨大な頭部と枝角があり、モデルの手がそれをぐっと握っている。トナカイの頭蓋骨がまるでコッドピース(註:15~16世紀に使用された股間の前開き部分を覆うカバー)のように、性器にあたる部分にあてがわれ、そこから枝分かれした角が突き出している。枝角の全長は1.2mほどで、モデルの太腿の真ん中あたりから鼻の先の位置まで達しており、左右両方にそれぞれ15本の角がついている。

 アーティストのデイナ・デインジャーとモデルのエイドリアン・ヒュアードは、現在のカナダがある土地を拠点としてきた先住民の一員だ。35歳のデインジャーは、アニシナベ(註:「最初からいた人々」の意)と呼ばれる五大湖周辺のソートー・トライブ(部族)の血縁を受け継ぎつつ、ポーランド系を祖先に持つメティス(ミックス)だ。34歳のヒュアードはアニシナベとして、オンタリオ西部を拠点とするクーチチング・ファースト・ネーションの正式メンバーでもある(註:ファースト・ネーションとは、カナダの先住民のうちイヌイットとメティス以外の先住民の総称であり、連邦政府が正式に認めた先住民の自治組織も指す)。そして彼女が手にしていたトナカイの枝角は、トライブの伝統である狩猟を思わせる。彼らは仕留めた獲物のどの部分も無駄にすることはなく、骨や角や枝角は道具や聖なる器として再利用する。だが《巨大なもの》と題された、現在も制作中のシリーズ作品のひとつである2017年撮影のこのポートレートには、不穏な雰囲気が漂っている。それは狩猟をスポーツとみなす無頓着な態度に起因している。スポーツとしての狩猟では、身体の部位は獲物としての意味しか持たない。つまり、枝のような巨大な角は、動物自身の勇敢さと力強さを証明するものではなく、それを仕留めた狩猟者の力量を証明する材料だ(さらにこの作品は、目で見てわかる韻を踏んでいる。「角のかたまり」という意味を持つ言葉「rack」は、乳房を意味する無粋なスラングでもあり、その欺瞞を(ぎまん)を暴くような仕掛けが込められている)。

 この作品の作者であるデインジャーは、そんなイメージや言葉を操ることで、逆転の効果を狙う。ヒュアードのまなざしは真っすぐで、獲物の役割を押しつけられることを拒否している。つまり、作品を観る側に力を委ねてしまうことがない。枝角は王冠を思わせるが、それは頭上にあるのではなく、身体の下部方向に悪いた戯ずらっぽく移動している。トナカイにとって枝角は武器であり、敵と戦うときに使用するものだ。だが、この作品の中では、枝角は命を生み出す臓器のすぐ近くにあり、戦闘態勢を維持しながらも、もっと親密なやりとりが起こる可能性を示唆している。枝角は、少なくとも理論的には性行為に使えるストラップオンとして機能する。だが、こんなゴージャスで実用的とは言えないとんでもない形をしたストラップでは、生物学的な枠組みにおいてのセックスのあり方の認識をひっくり返してしまうだろうし、その行為自体をもめちゃくちゃにしてしまうだろう(多数に枝分かれした角を見ていると、日本の芸術家の葛飾北斎の手による1814年の木版画《蛸と海女》が思い浮かぶ。ひとりの女性がたくさんの触手を持つ2匹の蛸と絡み合う様子を描いた作品だ)。

 だが、この作品は、単純に女性のエンパワーメントを表現したものではない。デインジャーとヒュアードはともに自らを「ツー・スピリット」(二つの魂を持つ者)と定義する。これは先住民の言葉で、植民地時代より前から存在したジェンダーのコンセプトに由来し、性的マイノリティやジェンダーの多様性を含め、最も幅広い意味を包括する言葉でもある。アニシナベ語(オジブウェ語とも呼ばれる北米の先住民の言語のうちのひとつ)を英語に翻訳したこのツー・スピリットという言葉は、1990年にカナダのウィニペグでさまざまなトライブが集って開かれたLGBTQの会合以降に正式に使われるようになった。この言葉は、文字どおり、ひとりの人間の中に男性的な面と女性的な面が同時に存在するという意味として理解することもできるが、それ以上にもっと広い意味がある。何世紀もの間、それぞれ違った北米の先住民文化の中で、ジェンダーの流動性や移行性を意味するのに使われ、受け継がれてきた多くの語彙と同じだ。つまり、アイデンティティとは、出生時の生物学的な事実や、人生のある時点で下した判断に縛られるものではなく、永遠に変化しうるプロセスであるという考え方だ。デインジャーの写真の中の人物は、トナカイの枝角で武装し、男性とも女性とも見えるが、実はどちらでもなく、それ以上の何か別の存在になる過程の中にいるのだ。

 今日、男性か女性のどちらかしかないと信じている人たちは、その認識が歴史的に長く存在してきた区別であり、生まれながらに決められた事実なのだと考えているわけだが、その認識は歴史の中でもかなり最近になってから生まれたものだという説が有力だ。歴史上のほとんどの社会ではジェンダーの役割はかなりはっきりしており、習慣的に労働の分担にそれが顕著に現れている。だが、身体の構造的な違いである性別によって、ひとつのカテゴリーの一員になるかどうかが常に決められてしまっていたわけではない。また、ひとりの人間の長い人生の時間を通して、ある身体的な特徴が障壁となって違うカテゴリーとの間を行き来することができないと決まっていたわけでもないのだ。人類最古の文明の記録は、紀元前3000年から2000年頃にシュメール文字によって刻まれた。その記録によれば、強力な女神、イナンナ(別名イシュタル)はセクシュアリティ(女性的と認識されていた)と戦争(男性的)の両方において支配力を持つと書かれている。彼女を讃えた詩の中にこんな一節がある。「私が酒場で座っているとき、私は女性であり、また、私は快活な若い男性なのだ」。さらにイナンナは男性を女性に変身させたり、女性を男性に変えたりする力を持っており、のちのアッカド王朝時代の記録には、彼女の召使いについての詳細な記述が残っている。「イナンナは彼の男性性を女性性に変えて人々を驚愕させた」。生身の人間がこの種の変化を起こしたいときは、身体を物理的に変化させる必要はなかった。あるものを与えたり、与えなかったりすることでそれが達成できてしまう。子どものジェンダーは出生時にあらかじめ決まっているわけではなく、習慣により、幼い彼らに与えられる贈り物で決定づけられる。たとえば、男の子に闘志を植えつけるために斧を与え、女の子に芸術性を身につけさせるために糸を紡ぐための糸車の紡錘(ぼうすい)を与えるという具合だ。

 イナンナは女神であるという共通認識は存在していたが、シュメール語において、神を表す言葉に性別はなく、第三者を示す代名詞にも男女の区別はない。現代の多くの言語においても、そんな中立性が保たれている。アルメニア語、ベンガル語、ペルシャ語、フィンランド語、ハンガリー語、ヨルバ語や、ほとんどのチュルク語派の言語とオーストロネシア語派(註:南島語族とも言う)の言語においては、第三者を示す代名詞に男女の区別は存在しない。中国語の書き言葉においても「彼」と「彼女」の区別は20世紀初頭まで存在しなかった。英語においては、単数形でジェンダーを明記しない場合に使う「they」がいま賛否を呼んでいるが、この言葉自体は、文学的系譜においては、少なくとも14世紀のチョーサーの時代までさかのぼる。ウィリアム・シェイクスピアもジェイン・オースティンも、この「they」を自分たちの意思によって作品の中で使っていた。

 そうは言っても、ジェンダーを表現する場合、英語には、はっきり認識できる偏狭さが存在しており、それは先住民の言語が持つ寛容さと比べると目立つ。ネイティブ・アメリカン研究の学者ウィル・ロスコー(彼自身は非ネイティブだ)は、150以上の北米のトライブにおいて、男性とも女性ともカテゴライズできない人々の存在が公に認められていた証拠があることを発見した。それぞれのトライブの独自の言語の語彙とニュアンスでその存在が表現されていたという。ある言葉は二重のアイデンティティの存在を直接的に表現している。たとえば「男であり女でもある」を意味する用語としては(または「男でもなく女でもない」という意味にも使える)クロウ・トライブのboteという言葉や、ショショーニ・トライブのtainna wa’ippeという言葉がある。また、省略や、ある言葉を思わせるニュアンスを使った表現にはナバホ・トライブのnádleehé(変容した人の意)やオーセージ・トライブのmixu’ga(月に導かれたの意)やチェロキー・トライブのasegi udanto(別のハートの意)などがある。

 メキシコのオアハカ州にあるテワンテペク地峡を拠点とするザポテック・トライブでは、女性らしい特徴が顕著に現れているが男性として生まれた子どもに、muxe(ムシェ)という名前をつけるのが長年の風習として伝わっている(このムシェという言葉は、スペイン語で「女性」を意味するmujer由来か、もしくは、ザポテック語で「恥ずかしがり屋」を意味するnamuxeからきていると信じられている)。まだ幼いうちから、女性らしい特徴を自分の家族から認められ奨励されて、料理や刺しゅうやフラワーアレンジメントなどの、習慣的に女性の仕事だと考えられてきた家事を教え込まれる男の子もいる。重要な点は、ムシェという言葉は、「女性になる男性」を指すのではなく、別のひとつのジェンダーのカテゴリーを指す、ということだ。この言葉はザポテック文化特有の意味や役割と密接に関わっており、同時にある程度の制約も設定されていて、ザポテック文化圏外でこの言葉の意味を定義することは不可能だ。ムシェたちは伝統的に恋人を持つことが多い。そういう選択をする場合は、ほかのムシェとではなく、コミュニティ内で異性愛者だと見られている男性たちと恋愛することが多い。ムシェたちは、結婚せずに年老いた両親の面倒を見ることを社会から期待されている。

画像: ルーカス・アヴェンダーニョの《Mi Cabello. Mi Raíz(私の髪、私のルーツ)》(2011年) LUKAS AVENDA.O, “MI CABELLO. MI RA.Z.,” 2011. PHOTO: EDSON CABALLERO TRUJILLO

ルーカス・アヴェンダーニョの《Mi Cabello. Mi Raíz(私の髪、私のルーツ)》(2011年)
LUKAS AVENDA.O, “MI CABELLO. MI RA.Z.,” 2011. PHOTO: EDSON CABALLERO TRUJILLO

 サント・ドミンゴ・テワンテペクを拠点とするムシェのルーカス・アヴェンダーニョは人類学者だが、振り付け師でもありパフォーマンス・アーティストでもある。アヴェンダーニョは『Réquiem Paraun Alcaraván(イシチドリの葬送曲)』と題した2012年のダンス公演で、ムシェたちがこれまで歴史的に除外されてきた行事を再現した。花嫁がかぶるベールで目隠しをし、アヴェンダーニョが観客の中から花婿を選ぶ。舞台上で膨らんだ長いスカートをはいて旋回する。髪の毛はフリルのついたシルクの布とともに編み込んでアップにし、裸の胸を見せている(また、その他のメキシコから中央アメリカ北西部までのメソアメリカ地域の人々の中でも、マヤ人やアステカ人はそれぞれ独自の風習を持ち、男性聖職者たちや男性エリートたちはスカートをはき、アヴェンダーニョと同様にシャツは着ておらず素肌の胸をさらし、女神や、ジェンダーが曖昧な神々と交信していたとされている)。現在44歳のアヴェンダーニョはT マガジンに昨年こう語っている。「私は私の舞台を観る観客に、男性が女性のようになろうとしているのだとは思ってほしくないのだ」

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