21世紀に生きる家族が、12世紀のオーストリアの城に移り住むとき、時代とスタイルが衝突し、新しいものが生まれる

BY TOM DELAVAN, PHOTOGRAPHS BY SIMON WATSON, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 多くの古い大邸宅にはありがちだがーー特にオーストリアに残っている、居住可能な私有財産である数百の城はとりわけその傾向が強いのだがーーホレネック城もまた荒れ放題だった。アルフレッドの祖母が1974年に亡くなってからは、手を加えられていなかった。夫妻はまずちゃんとしたバスルームを設置して(以前は、廊下の衝立(ついたて)の後ろに隠れるように古いトイレがあった)、室内に階段を取り付けた(建物の外に取り付けられた屋根つきの通路が、3階にある寝室への唯一のアクセスだった)。現在、家族は総面積2万1500平方フィート(約1997平方メートル)ある建物の、半分以下の面積を住居として使っている。

画像: ボールルームの壁のフレスコ画は、1750年にフィリップ・カール・ラウプマンが描いた。1885年には、プリンス・アルフレッド・フォン・リヒテンシュタインが、自身とその妻ヘンリエッテ、そして彼らの9人の子どもたちの絵を、壁画の登場人物として描き加えさせた。床にはルネサンス期に、3種類の違った石でできた菱形のタイルが敷き詰められた

ボールルームの壁のフレスコ画は、1750年にフィリップ・カール・ラウプマンが描いた。1885年には、プリンス・アルフレッド・フォン・リヒテンシュタインが、自身とその妻ヘンリエッテ、そして彼らの9人の子どもたちの絵を、壁画の登場人物として描き加えさせた。床にはルネサンス期に、3種類の違った石でできた菱形のタイルが敷き詰められた

18世紀初頭の中国製の壁紙や、18世紀のカッヘルオーフェン(ドイツ製の陶製木炭ストーブ)は別として、彼らが暮らしている部屋は、いまどきの普通の部屋だ。子ども部屋にはプラスチック製のおもちゃが転がっているし、リビングルームには夜間の映画観賞用にプロジェクターが設置されている。そして、ステンレス製の台所用品があふれている簡素なキッチンは、アメリカの基準からすれば、かなり小さい。ところが、絹で覆われた17世紀の壁が残る貴賓室や、天井に当時の粋を凝らした格間(ごうま)(凹んだ装飾パネルのこと)があしらわれた豪華な待合室など、ほとんど使われていない部屋の多くには、暖房もなく電気も通っていない。だが、そんな環境は、部屋をほぼ完全な状態で保存するのに実は最適なのだ。

画像: 古い書物や、アルフレッドの父とその兄弟たちが子どもだった1940年頃に使って遊んだおもちゃが、城の南東の塔の中にある荒れ果てた部屋に置かれている

古い書物や、アルフレッドの父とその兄弟たちが子どもだった1940年頃に使って遊んだおもちゃが、城の南東の塔の中にある荒れ果てた部屋に置かれている

画像: 塔の別の部屋に残された家具

塔の別の部屋に残された家具

アルフレッドの祖父が亡くなった1991年以降、この城に通年住む者はいなくなったが、それでも、まったく使われていない部屋をも含め、すべての部屋は常にメンテナンスする必要がある。銀の食器は磨かなければならないし、漆喰(しっくい)を補修したり、床を磨いたりしなければならないのだ。アルフレッドの一族は林業を営んでおり、その領地にはカラマツやトウヒなどがうっそうと茂る。そして事業の収益金の多くが、城のメンテナンスに費やされている。

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