次世代の建築界をリードする石上純也。建築の可能性を広げようとするその作品からは、未来の世界の姿が見えてくる

BY JUN ISHIDA

 ついに石上純也の時代がやってきた。昨年、パリのカルティエ現代美術財団で行われた石上の個展を訪れたとき、そんな言葉が思い浮かんだ。同財団での初めての、建築家による単独個展となった『石上純也―FREEING ARCHITECTURE(自由な建築)』は、建築好きはもちろんのこと、老夫婦から子ども連れまで幅広い層の人々が多く訪れ、会期が延長されるという異例の事態ともなった。さらに今年に入って、中国・上海への巡回を果たし、10月上旬まで上海当代芸術博物館(The Power Station of Art)で開催されていた。

「自由な建築」と銘打たれた展覧会は、その名のとおり、既存の建築の概念にとらわれず、またひとつのスタイルにも集約されない石上の多彩な建築世界を示すものとなっている。完成した建築物と進行中のプロジェクト、計20作品の模型やスケッチが展示されているが、周囲の緑に溶け込むガラスのビジターセンター(オランダ)から、間口1.3m、高さ45mの、“谷”という立地環境を拡張したかのような教会(中国)まで、どれもが異なり、しかもかつて見たことのないものだ。

画像: 山口県宇部市に建設中の《House and Restaurant》。住宅街にある敷地の地面に穴を掘って柱部分のコンクリートを流し込み、コンクリートが固まったら、周囲の土を掘り出すことで空間ができる PHOTOGRAPH BY YASUYUKI TAKAGI

山口県宇部市に建設中の《House and Restaurant》。住宅街にある敷地の地面に穴を掘って柱部分のコンクリートを流し込み、コンクリートが固まったら、周囲の土を掘り出すことで空間ができる
PHOTOGRAPH BY YASUYUKI TAKAGI

「近代はひとつの未来像を追い求めてきましたが、現代において、ひとつの価値観をすべての人々が共有するのは無理があります。個人のスタイルを打ち出すより、世の中の多様な価値観に対応する多くの回答を用意することが、現代の建築家の役割だと思います」と石上は述べる。「20世紀前半のモダニズムは、ヨーロッパ的思考で世界を捉え、インターナショナルスタイルというひとつの建築のスタイルを追求しましたが、各国が地域性を反映する時間的な余裕もありました。情報が行き渡るスピードが遅かったためです。しかし今は大きな枠組みをつくっても、それを別の場所に持っていってその地で成熟させる時間はありません。もはやそうした枠組みをつくろうとすること自体が、時代の価値観やテンポとずれている。むしろ地域ごとに異なる回答を出すことにシフトすべきです」

画像: © IWAN BAAN

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画像: (写真上・下) ロンドンで毎年夏の間だけ設置される名物、「サーペンタイン・ギャラリー・パビリオン」のデザインを、今年は石上純也が担当。ロンドンに舞い降りた巨大な鳥の翼のような屋根は、イギリスの石を積み重ねてつくられている。この作品は会期終了後に販売された © IWAN BAAN

(写真上・下)
ロンドンで毎年夏の間だけ設置される名物、「サーペンタイン・ギャラリー・パビリオン」のデザインを、今年は石上純也が担当。ロンドンに舞い降りた巨大な鳥の翼のような屋根は、イギリスの石を積み重ねてつくられている。この作品は会期終了後に販売された
© IWAN BAAN

 1974年生まれの石上は今年45歳。40代はまだ若手とされる建築の世界では、次世代を担う建築家のひとりとして注目されている。学生時代から妹島和世の建築事務所で働きはじめ、「金沢21世紀美術館」や「ディオール表参道」などいくつかのプロジェクトに関わったのち、30歳で独立した。初の大型建築作品となった《神奈川工科大学KAIT工房》で2009年に日本建築学会賞を受賞すると、2010年には2年に一度開かれる建築の祭典であるベネチア・ビエンナーレ国際建築展で日本館の展示を担当し、企画展示部門の金獅子賞を受賞した。

画像: 2018年に、那須にオープンしたボタニカルガーデン アートビオトープ《水庭》。隣接する土地にホテルを建設するのに伴い、そこにあった約400本の木を、160個の人工池をつくった庭に移植。土地にある自然の要素を組み替え、新たな自然環境を創出する試みだ COURTESY OF NIKISSIMO INC.

2018年に、那須にオープンしたボタニカルガーデン アートビオトープ《水庭》。隣接する土地にホテルを建設するのに伴い、そこにあった約400本の木を、160個の人工池をつくった庭に移植。土地にある自然の要素を組み替え、新たな自然環境を創出する試みだ
COURTESY OF NIKISSIMO INC.

 この二つのプロジェクトをとっても、《神奈川工科大学KAIT工房》は約2,000m²の巨大な空間に305本の細い柱がランダムに立ち並ぶ人工の森のような空間であり、ベネチアの展示はカーボンファイバーを使ってつくられた限りなく存在を消した透明な構造体と、人々が思い浮かべる“建築”の姿とは大きく異なる。「設計段階から結果がわかるものはつくりたくない」という石上だが、こうした予想のつかない建築物を発注するクライアントにも恵まれているといえる。「建築のクライアントは、完成像は見えなくとも、建築の可能性をそこに見いだすことができれば設計を発注します。プランどおりにでき上がる建築物というのはありませんし、不確定要素はどんな建築物にもある。答えが見えないところで、常に最良の道を探りながらデザインするのが建築の本質です」

画像: オランダのファイヴェルシュベルク公園のビジターセンター。一帯は歴史的地区で、19世紀につくられた公園の散策路をトレースするようにデザインされている。周囲の環境に溶け込むように、柱のないガラスの建築物にすることでその存在を消している。2017年完成 © JUNYA.ISHIGAMI+ASSOCIATES

オランダのファイヴェルシュベルク公園のビジターセンター。一帯は歴史的地区で、19世紀につくられた公園の散策路をトレースするようにデザインされている。周囲の環境に溶け込むように、柱のないガラスの建築物にすることでその存在を消している。2017年完成
© JUNYA.ISHIGAMI+ASSOCIATES

 今、山口県宇部市で進行中の《House and Restaurant》は、石上の学生時代の友人であるレストランオーナーがクライアントだ。二人の出会いはおよそ20年前。当時、クライアントは石上がよく訪れていた渋谷のレストランで働いていて、その後、地元の山口に戻り最初に開いた店の内装とテーブルも石上が設計した。年内の開業を目指して工事が進む《House and Restaurant》は、地面の土を掘り、そこにコンクリートを流し込んでつくる洞窟のような住宅兼レストランだ。完成すれば、日本はもちろん世界から人が訪れることが予想され、結果として周辺地域を変える可能性すらはらんでいる。

 このプロジェクト自体は、地域の町おこしを意図したものではないが、近年盛んに行われている建築家による町おこしについては、「行政などの大きな組織の社会的な価値観と、クライアントの個人的価値観が同じくらいの可能性を秘めているところに現代性がある」と述べ、独自の見解を示す。「クライアントのキャラクターそのものが地域に影響を与えることもあります。そうしたクライアントと建築家が組むことで、未来が見えるような建築をつくれれば、自然と地域が開け、さらには世界へと広がる可能性もあるのではないでしょうか」

画像: 上海で開催された『石上純也―FREEING ARCHITECTURE』展示風景より。山口の《House and Restaurant》模型 © JUNYA.ISHIGAMI+ASSOCIATES

上海で開催された『石上純也―FREEING ARCHITECTURE』展示風景より。山口の《House and Restaurant》模型
© JUNYA.ISHIGAMI+ASSOCIATES

画像: 同じく上海の『石上純也―FREEING ARCHITECTURE』展示風景より。シドニーの市庁舎前広場に建設中のモニュメント《Cloud Arch》は、空に浮かぶ雲のイメージ © JUNYA.ISHIGAMI+ASSOCIATES

同じく上海の『石上純也―FREEING ARCHITECTURE』展示風景より。シドニーの市庁舎前広場に建設中のモニュメント《Cloud Arch》は、空に浮かぶ雲のイメージ
© JUNYA.ISHIGAMI+ASSOCIATES

「未来のビジョン」を見せること。それこそが建築家の務めだと石上は考える。しかし未来を感じさせる建築の姿は、新しい技術によってできるものとは限らない。建築における“古さ”とは何かを考えてプランを練ったという《House and Restaurant》は、古代の洞窟のようであり、同時に新しさを感じさせる建築物だが、そこには日本の伝統技術である土壁と最新のレーザーカット技術でつくられる不定形な形のガラス壁が同居している。「もちろん新しいものからも未来のイメージは搔き立てられますが、よくよく考えていくと、僕はそこから先に未来は思い描けない。たとえば、スマートフォンは10年前にはありませんでしたが、この先10年後に残っているかはわからない。AIなどの最先端技術の延長線上よりも、むしろ今まで残ってきたものの先に未来は思い描けます」

 10年前に石上の作品を初めて見たときから、いつか個展を開催しようと決めていたというカルティエ現代美術財団のディレクター、エルベ・シャンデスは、石上を“ヴィジョネア”、未来のビジョンを描ける人物と呼んだ。石上が描く未来を感じさせる建築が、今、世界の各地で立ち上がりつつある。

石上純也(JYUNYA ISHIGAMI)
1974年神奈川県生まれ。東京藝術大学大学院 美術研究科 建築専攻修士課程修了。妹島和世建築設計事務所を経て、2004年に石上純也建築設計事務所を設立。2019年芸術選奨文部科学大臣新人賞美術部門受賞

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