BY REIKO KUBO, PHOTOGRAPH BY SHINSUKE SATO
「映画祭は、作品が招待され、監督やプロデューサーが評価されるべき場所だと思っているので、実を言うと、今まで俳優として連れて行ってもらっている身の自分が、着飾ってレッドカーペットを歩くのはおこがましいと感じていたんです。今回、自分の作りたかった映画を選んでもらえて、初めて素直に映画祭に参加できるのかなという気がしています」
監督作『ある船頭の話』が〈ヴェニス・デイズ〉部門に出品されるヴェネチア国際映画祭に向かう前、オダギリ ジョーはそう心境を語った。その初の長編監督作は、明治と大正のはざまを舞台に、緑萌える山間を流れる川で“渡し”を営む船頭の物語。数年前まで熊本の球磨川で実際に“渡し”をしていた船頭と生活をともにした経験から紡ぎ、寝かせておいた脚本を、このたび10年ぶりに書き直して撮影したという。
「球磨川の船頭さんと二週間ぐらい生活をともにする中で、こういう美しい文化が消えてゆくのはもったいない、と感じて。船頭さんは、一日に一人、二人しかお客がなくても、そのお客さんとの会話が楽しいと語っていました。舟に乗るお客さんには必ず理由があり、船頭さんとの間に少なからずドラマがあるはずです。だから舟の上での会話をメインにした映画を作りたかったんです。通常、映画はシーンをどんどん変え、スピード感を出して、お客さんを飽きさせないように作るものですよね。でも、そういうものを一切封じて、川と舟と船頭小屋だけでしか進行しない物語を敢えて描きたいというのが始まりでした」
しかし10年の歳月が、オダギリ ジョーの長編初監督作を、自主制作映画から商業映画へとスケールアップさせた。そうして、当初は自身に当てて書いていた船頭・トイチ役には柄本 明、謎めいたヒロインには新星・川島鈴遥を起用。船頭と親しいマタギに永瀬正敏、その父親に細野晴臣、そのほか村上虹郎、浅野忠信、蒼井 優、草笛光子、笹野高史、橋爪 功ら、豪華な俳優陣が参加。さらに撮影監督はウォン・カーウァイ作品でも知られるクリストファー・ドイル、音楽にはアルメニア出身のジャズ・ミュージシャン、ティグラン・ハマシアン、そして衣装にはアカデミー衣装デザイン賞受賞者のワダエミという国際派が顔を揃えた。
トイチが渡しをする川にはもうじき橋がかけられる。村人が橋の完成を待ちわびる中、映画はトイチの複雑な胸中を映し出す。そんな彼の前に赤い服を着た少女が現れ……。
「僕がこの作品を準備していると耳にされたワダエミさんが、衣装を手がけたいと声をかけてくださったんです。日本映画に参加されるのは大島渚監督の『御法度』以来20年ぶりだそうで、すごく光栄でしたね。実は映画のタイトルバックに、ひとつ仕掛けがあるんですが、当初その仕掛けはやめてシンプルなタイトルだけにしようかと話していたんです。でも、脚本を読んだエミさんに『あの情景は少女を象徴しているから残してほしい』と言われて。エミさんはあのタイトルバックの画から、少女の衣装を赤に決めたそうです。そこからこの映画のキーカラーは赤だと気づかせてもらいました。特に漆の赤は日本独特の発色だと思うので、自分の映画の中でこの美しい色をどう再現するのか、クリス(撮影のクリストファー・ドイル)とも時間をかけて話し合い、落としこんでいきました」
『ある船頭の話』のポスターは、トイチが船を漕ぐ風景全体が赤く染め抜かれているが、彼の話を聞いてその理由に合点がいった。またこの赤い情景は、映画の後半に漂う密やかな狂気と不穏な空気をも暗示しているように見える。
「この映画は、劇場で観てもらうように設定して作っています。大きなスクリーンで観るための画作りをしているし、時間の流れ方も、真っ暗で締め切られた劇場だから身を任せられるものです。そして一番は音の作り方ですね。劇場の5.1chサラウンドシステムを最大限利用した音の配置を考えました。いろんなことに挑戦した映画ですので是非、劇場で観てください」。
オダギリ監督に長編第二作の構想を尋ねたが、まだまったくないという。今後は中国の鬼才ロウ・イエ監督と組んだ『SATURDAY FICTION』など、また俳優としての仕事が続く。「次撮るなら早くした方がいいよと、皆から言われているんです。そうしないとまた10年空くよと(笑)。でも撮るなら自分で脚本も書きたいので、時間と覚悟がいるんですよね」。
監督として初参加した国際映画祭の刺激を胸いっぱいに吸い込み、しかし、その覚悟は案外早く彼の胸に宿るのではないだろうか。
『ある船頭の話』
9月13日(金)より、新宿武蔵野館ほかにて全国公開
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