ピアニストそして美術家として、挑戦的なパフォーマンスを続けてきた向井山朋子。この秋に開かれるソロ・コンサート『人生を変えてしまうメロディー』を前に、彼女が語った表現哲学

BY KANAE HASEGAWA

 同時に音楽を発信する側としても、“この曲はこう弾かなくてはいけない”と決めつけていないようだ。向井山はかつてギリシア出身の作曲家ヤニス・クセナキスの楽曲の演奏に取り組んだことがある。クセナキスは作曲を始める前は、大学で建築と数学を修めた後、ル・コルビュジエの弟子としてインドのチャンディーガルの都市計画やフランス、ラ・トゥーレット修道院の設計を担った人物。作曲家に転じてからは数学の理論を応用したコンピュータを使った複雑な楽曲制作で知られることになった。

「クセナキスの曲は人間の10本の指で弾くことを前提に作られていない難解極まりないもの。彼の曲をオランダのロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のメンバーと演奏することになったのですが、来る日も来る日も練習すれども、翌朝、楽譜を前にすると、まるで“見たことのない譜面”のように見えてしまう。つまり、まったく身についていなくて、“もう無理”とお手上げ状態でした。でも、次第に全音を弾くことは物理的に不可能でも、そこに近づくためにどれを端折ってどれを選択すればいいのか分かってきたんです」。それは妥協ではない。与えられた楽曲に対して“弾ける”、“弾けない”の明確な境界線を引いて向かい合うのではなく、その間の“許容範囲”を見つけていったということだ。「“弾ける”と“弾けない”の、いわば曖昧でどっちつかずの状態を模索する中から豊かな表現が生まれるんじゃないかと思うようになりました」とも。

画像: 《My Private Odyssey》 2014 オランダとイスラエルの振付家ガイ・ワイツマンとロニ・ハーヴァが、ギリシアのホメロスによる古典劇「オデッセイア」から着想を得て振り付けし、向井山が作曲したミュージックパフォーマンス © ANDRES J. ETTER

《My Private Odyssey》 2014
オランダとイスラエルの振付家ガイ・ワイツマンとロニ・ハーヴァが、ギリシアのホメロスによる古典劇「オデッセイア」から着想を得て振り付けし、向井山が作曲したミュージックパフォーマンス
© ANDRES J. ETTER

 ときに“曖昧”を大切にする向井山の姿勢は、音楽以外についても言えることだ。「たとえば、普段の心の持ちようにおいても。ツイッターで他の人のつぶやきを読んでいると、自分の考えが正しいと信じて疑わず、相容れない考えに対して歩み寄る姿勢を一切もたない向きが見られます。しかし、物事がすべて正しいか否かではっきりと分かれているわけではありません。異なる意見を受け入れないとなると、同じ見解を持つ者同士の“確認”で終わってしまいます。そこからは新しい考えは生まれないでしょう。でも、異なる見解と見解の辺境にこそ、“ざわざわとしたもの”があり、そこから豊かな考えが生まれるのではないでしょうか」

 長年、新しい演奏のかたちを取り入れてきた向井山朋子。だが、今回の来日コンサート『人生を変えてしまうメロディー』はこれまでの仕掛けの多い演奏スタイルとは異なる。ピアニストと観客席はステージと客席で区別され、観客は整然と並べられた椅子に座って耳を傾けるオーソドックスなものだ。「これまでの向井山朋子の演奏に来てくださったみなさんにとっては、ハプニングが起きない今回の演奏会は、かえって意外で驚かれるかもしれません。でもその期待を裏切るのも楽しい。きっとそこには何かの意図があると、深読みする方もいらっしゃるかもしれませんね」といたずらっぽく語る。また、音楽専用ホールとは異なるオルタナティブな会場での演奏が多い向井山本人も、このコンサートは新鮮な体験になりそうだと期待する。

 その分、彼女の非凡なピアノの腕に集中できそうだ。今回、演奏する「カント・オスティナート」はオランダの現代音楽家、シメオン・テン・ホルトが作曲した世界各地で親しまれている楽曲。楽譜自体は約20分の演奏用に書かれているものの、反復するメロディーが多く、演奏者がリピートする回数を増減することで1時間にも2時間にもなる斬新な構成となっている。この先進的な「カント・オスティナート」は、“人生を変えてしまうメロディー”とも評され、演奏者の中には、腕に曲の楽譜を入れ墨する者もいるほど。もちろん向井山もお気に入りの楽曲で「メロディーの反復なのですが、目を閉じていると人それぞれ様々な風景が脳裏をよぎると思います」と言う。

 また、今回のコンサートでは、18世紀のフランスの作曲家、ジャン=フィリップ・ラモーの「新クラヴサン組曲集」から抜粋した曲を、初めて演奏する。「彼のメロディーは、当時の宮廷サロンで人気だったいわゆるポピュラーミュージック。ラブソングなんです。鍵盤楽器の曲ですから歌詞はありませんが、私には、告白の歌にも聴こえます」。フランスの宮廷サロンで貴婦人たちが親密な雰囲気で曲に酔いしれるシーンが目に浮かびそうだ。

画像: 向井山朋子(TOMOKO MUKAIYAMA) ピアニスト/美術家。オランダ、アムステルダム在住。音楽のみならず美術、建築、ファッション、ダンス、写真などとのコラボレーション作品を生み、またプロデュース分野でも活躍。今回の向井山朋子 ピアノコンサート『人生を変えてしまうメロディー』に合わせて、初 LP と国内版 CD を発売予定 © TAKASHI KAWASHIMA2014

向井山朋子(TOMOKO MUKAIYAMA)
ピアニスト/美術家。オランダ、アムステルダム在住。音楽のみならず美術、建築、ファッション、ダンス、写真などとのコラボレーション作品を生み、またプロデュース分野でも活躍。今回の向井山朋子 ピアノコンサート『人生を変えてしまうメロディー』に合わせて、初 LP と国内版 CD を発売予定
© TAKASHI KAWASHIMA2014

向井山朋子 ピアノコンサート『人生を変えてしまうメロディー』
演奏曲:
シミオン・テン・ホルト 「カント・オスティナート」(1976)
ジャン=フィリップ・ラモー 「新クラヴサン組曲集」より抜粋(1728)
日程:
10月20日(日)16:30〜 新宮市立丹鶴体育館(和歌山)
10月30日(水)18:00〜 京都府京都文化博物館 別館ホール(京都)
11月4日(月)13:00〜 新上五島町 石油備蓄記念会館(長崎)
11月6日(水)19:30〜 杉工場(福岡)
11月11日(月)19:00〜 トッパンホール(東京)
※料金、チケット購入方法などの詳細は公式サイトにて
電話:090(2912)0436(一般社団法人マルタス)
公式サイト

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