BY REIKO KUBO
かつて170cmという身長がプリマには高すぎると言われバレエを断念し、女優として大輪の花を咲かせたオードリー・ヘプバーンをはじめ、バレリーナから転身した女優は数多い。しかしフランス映画界の新鋭マリオン・バルボーは、パリ・オペラ座バレエ団の現役プルミエール・ダンスーズのまま、映画『ダンサー イン Paris』でスクリーンデビューし、セザール賞(フランスにおけるアカデミー賞)にノミネート。今や二足の草鞋を軽やかな履きこなすライジング・スターだ。
そんな彼女が主演した『ダンサー イン Paris』の幕開けは、ヒロインのエリーズ(バルボー)が「ラ・バヤデール」を踊るパリ・オペラ座の舞台。舞姫が恋人に裏切られる演目とシンクロするように、エリーズは恋人の浮気を目にして心を乱し、舞台の上で怪我をしてしまうが、やがてコンテンポラリー・ダンスと出会う。監督のセドリック・クラピッシュは、『スパニッシュ・アパートメント』等で愛されるフランスの人気監督だが、これまでにもオーレリ・デュポンのドキュメンタリーを手がけるなど、ダンスへの造詣が深いことでも知られる。今作の原題は『EN CORPS(身体の中で)』。暗闇の中、身体の中でふつふつと湧き起こるダンスへの欲望と踊る歓び、そして躍動する身体をスクリーンに差し出して圧倒的な興奮と感動を届けたバルボーに聞いた。
──クラピッシュ監督は、あなたが「ラ・バヤデール」を踊り、足を怪我するまでの台詞抜きの冒頭15分間は手に汗握る挑戦だったと語っていますが、私は台詞がなかったと気づきませんでした。日々、無言劇を躍っているダンサーならではの表現力が、エリーズの心象や背景を表現していたからでしょうか。
バルボー 台詞に関係なく、映画を見る方のスイッチが入ったのなら嬉しいですね。私も監督から、台詞のない最初の15分間が大きなチャレンジだと聞かされていました。でも本番では、挑戦だということをすっかり忘れていて(笑)。私たちにとっては、身体を駆使し、ダンスを通して表現することが、ごく自然なランゲージなので。私自身、台詞がないことが気にならなかったんですね。
──エリーズはプリマへの夢が断たれようとしている時でさえ、人生を呪うこともせず、淡々と自らの体と向き合います。この姿勢はダンサーならではなのでしょうか。
バルボー エリーズは怪我をした後も、踊れる体を失わないように努めて動かします。自暴自棄にならないポジティブな性格は、私とエリーズとの共通項でした。怪我をした場合、ダンサーは頭で考えるのではなく、ダンスを続けるために何をすればよいか、おそらく無意識のうちに具体的な対処に動くはずです。さらにエリーズについて言えることは、世界に向けてオープンだということ。失望して殻に閉じこるのではなく、何事にも興味を持って人と出合うことで、その人のエネルギーを受け取り、自分の糧にして立ち上がってゆく。共演したピオ・マルマイ、フランソワ・シヴィル、スエリア・ヤクーブも現場をとても愉快にしてくれる人たちでした。そして監督のセドリックも、まさにそういう人です。私自身も自然と周囲の人たちからエネルギーをもらうことでエリーズを演じ切ることができ、演じるということに魅せられました。
──実名で登場するコレオグラファー、ホフェッシュ・シェクターと彼のカンパニーのダンサーたちと、夕暮れのブルターニュの海辺を散策する場面。丘に座って海を眺めていたダンサーたちの中に徐々に踊りが湧き上がるようにはじまり、風を受け、海を背景にした群舞は鳥肌ものでした。このシーンはどのように作られたのですか。
バルボー あのシーンは、クラピッシュとホフェッシュの共同作業を垣間見られるシーンです。もともと巨大な送風機からの風力で何かをしようという、クラピッシュのアイデアだけで海辺に向かいました。ところが、それがうまくいかなくて。そこでホフェッシュが、遠景から自然発生的に踊り出すダンサーたちを撮影するアイデアを提案したんです。ダンサーたちが連鎖し合って自然にダンスが生まれる面白いエピソードになっていますよね。
──バレエから離れ、野菜の皮を剥きながら椅子を相手に練習しているダンサーを眺めていたエリーズが、彼の練習相手を務めることになります。あなたの脚がグニャリと動き出す瞬間に、その動き自体と再生の予感にゾクゾクさせられます。
バルボー 私はオペラ座でもクラシックとコンテンポラリー、両方を踊っています。でもエリーズはそれまでクラシック・バレエだけに専念してきたという設定なので、彼女とコンテンポラリーとの出会いの瞬間ですよね。ホフェッシュの振り付けは、軽やかで微細な手の動きがあるかと思えば、大地を深く踏み締めるような荒々しさとの二面性が共存しているところが魅力です。またクラシック・バレエ以上に幾通りも解釈が可能というのも、コンテンポラリー・ダンスの醍醐味だと思っています。
──今回の出演で手応えを感じて、今後もダンスと女優、両方を続けていかれるご予定ですか。
バルボー 今回『ダンサー イン Paris』に出演したことによって、これまでと全く違う生き方をしていると自分でも感じます。『Drone』という次の映画も撮ったのですが、今の生活リズムもとても気に入っているんです。勿論パリ・オペラ座バレエ団の仕事を脇へ追いやる訳ではありません。未来がどんなふうに私を待ち受けているのかわかりませんが、ダンスにも映画のよい影響を感じているので、ダンスと映画ともに続けていきたいです。ただダンスは、コンテンポラリー・ダンスが主になると思いますね。
『ダンサー イン Paris』
9月15日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネ・リーブル池袋ほか全国順次公開
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