かつて美術館には女性アーティストの作品がほとんどなかった。現代では彼女たちの作品のみならず、そのワードローブまでもが展示されているのはなぜか。今回、本誌のために5人のデザイナーが特別に作ってくれた、5人の女性作家へのオマージュをこめたワークウェアとともに

BY THESSALY LA FORCE, PHOTOGRAPHS BY KATJA MAYER, SET DESIGN BY JILL NICHOLLS, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

 ジャッドの家と比較したいのが、メキシコシティにあるフリーダ・カーロの生家『青い家』だ。この家はカーロの死から4年後、夫のディエゴ・リベラが美術館に変えて以来、一般公開されている。グアテマラへの米軍事介入の抗議運動に加わっていたカーロが、肺の感染症で亡くなったのは47歳のときだった。私はこの場所を訪れ、ひとりの見学客としてゆっくりと庭を歩きながら、草木と、鮮やかなブルーの壁、鳥たちが水浴びをする噴水に見とれていた。室内ではほかの客と同様に、彼女のワードローブが飾られたギャラリーや、未完成の静物画が載った愛用のイーゼルに深く見入っていた。そこはまさに、ロマンティックで、目もくらむほど艶やかなフリーダ・カーロの私的な空間だった。彼女はディエゴ・リベラとの結婚後、世界の第一線で活躍するアーティストの仲間入りを果たし、画家の夫と写真家だった父親のモデルも務めた。カーロは質朴なボヘミアンを象徴するとともに、痛みや困難を芸術に昇華させた女性の典型でもある。はでやかな髪飾り、大胆な花柄や刺しゅう入りの服、風変わりで華やかなジュエリーから成る彼女のスタイルは、ジャンポール・ゴルチエの1998年春夏コレクションやビヨンセのハロウィンコスチュームをはじめ、幾度となく模倣されてきた。 

 そんなフリーダ・カーロの人生が、女性として、同時にアーティストとして、いかに特別だったかがようやくわかったのは、彼女が療養のために何カ月も寝ていたベッドを目にしたときだった(10代で遭った凄惨なバス事故による大けがに彼女は一生苦しめられた)。仰向けに寝ていたカーロが自らの姿を見られるように、ベッドの天井には鏡が取りつけられ、横になったまま絵を描けるように特製のイーゼルが設けられていたのだ。彼女が絵にしたベッド、それは監獄であり、同時に救命いかだでもあった。そのベッドで、ときに苦しみもがき、ときに空を漂いながら眠りにつく自分自身の様子を、カーロは絵の中に収めたのだった。 

 ドナルド・ジャッドの家や作品にはまるで感じられなかった、この“私的な側面”こそ、おそらく私たちが女性アーティストに求めるものなのだろう。だからこそ美術館は、女性アーティストの個展でのみ、クロゼットを披露しようとする。カーロのベッドを見て私が思い出したのは、イギリス人女性アーティスト、トレイシー・エミンの1998年の作品《マイ・ベッド》だった。それは失恋したエミンが自殺願望を伴ううつ病にかかったときに手がけた、ルームサイズの空間に彼女自身のベッドを置いたインスタレーションだ。タンポンやたばこの吸い殻が床にまかれ、シーツは汚れ、経血がついた下着や、ウォッカの空き瓶まで散らばったこの作品は、激しい賛否両論を巻き起こした。多くの批評家はバカげていて手抜きだと酷評したが、私はその徹底的な下品さと、オブジェを通して心の内面が伝わってくるこの作品をずっと前から気に入っている。

アンドレアス・クロンターラーと
ヴィヴィアン・ウエストウッドによる、
フリーダ・カーロのワークウェア

画像: ファッション界にも多大な影響をもたらしたフリーダ・カーロ。パンク・ファッションの先駆者ウエストウッドは、カーロの反骨精神に感化されるという。メキシコ革命の数年前にあたる、1907年生まれのカーロは夫のディエゴ・リベラとともに、彼女の作品と服装を通じて政治的信念を表明し続けていた「。カーロが身につけていたメキシコの民族衣装を着れば、誰でもカーロみたいになれると思ったら間違いよ。彼女の髪型と、リボンや花の頭飾りを見てもわかるとおり、カーロは研ぎ澄まされたセンスとスタイルを持ち合わせていたのだから。彼女の髪型は、まるでサム・マックナイト(イギリスの伝説的なヘアスタイリスト)が飛行機で飛んでいって、セットしたみたいだったもの」とウエストウッド。彼女とクロンターラーのふたりは、ハンドペイントのフラワー柄のスカートと、パステルピンクのアシンメトリー・トップスをデザインし、カーロの果敢さとメキシコの伝統にオマージュを捧げた

ファッション界にも多大な影響をもたらしたフリーダ・カーロ。パンク・ファッションの先駆者ウエストウッドは、カーロの反骨精神に感化されるという。メキシコ革命の数年前にあたる、1907年生まれのカーロは夫のディエゴ・リベラとともに、彼女の作品と服装を通じて政治的信念を表明し続けていた「。カーロが身につけていたメキシコの民族衣装を着れば、誰でもカーロみたいになれると思ったら間違いよ。彼女の髪型と、リボンや花の頭飾りを見てもわかるとおり、カーロは研ぎ澄まされたセンスとスタイルを持ち合わせていたのだから。彼女の髪型は、まるでサム・マックナイト(イギリスの伝説的なヘアスタイリスト)が飛行機で飛んでいって、セットしたみたいだったもの」とウエストウッド。彼女とクロンターラーのふたりは、ハンドペイントのフラワー柄のスカートと、パステルピンクのアシンメトリー・トップスをデザインし、カーロの果敢さとメキシコの伝統にオマージュを捧げた

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