BY ALEXANDER FURY, PHOTOGRAPHS BY JAMIE HAWKESWORTH, TRANSLATED BY FUJIKO OKAMOTO AT PARARUTA
ワタナベは1999年にランウェイの真ん中で雨を降らせて、リバーシブル仕様になった服がウォータープルーフになるコレクションを発表した。2001年のコレクションはデニムをオートクチュールのレベルまで高め、ハイファッションへのオマージュであふれていた。2006年にはトレンチを繰り返し登場させ、落ち着いたクラシックな定番アイテムに新たな表情を与えた。とりわけ、ここ5年間のウィメンズ・コレクションでベーシックなアイテムの要素をずっと追求しつづけてきたことは注目に値する。ミリタリーウェア、パフコート、ボーダーなどのシンプルな定番アイテムからあれほどの豊かさや広がりを引き出した彼の非凡な才能には驚かされた。今では他のデザイナーたちにとってワタナベの作品はクリエーションの“発火点”だ。 ワタナベが最初に成し遂げたことにインスパイアされたデザイナーが、このような 定番アイテムをつくろうとするのも納得できる。
ワタナベ ジュンヤは55歳。彼が自分のブランドを立ち上げてから24年。ラコステの黒のポロシャツ姿で現れたワタナベはべっ甲のメガネがきりっとした知的な印象を与える。「知的」という語はジャーナリストがワタナベの作品を語るときによく使う形容詞だ。彼らが言いたいのは彼の作品が難解だということ。複雑な工程を経てつくられ、ときには着方も複雑、そして魅力的で実験的。一枚のファブリックしか使わないコレクションもある。それをさまざまな形にカットして分類していく手法は科学的と言ってもよい。2016-’17年秋冬コレクションでは車の内装などの産業用途で使われるポリウレタンとナイロンのトリコをボンディングして、幾何学的なフォルムを追求した。折り曲げ、つまみ、ひだを寄せたファブリックをモデルの身体に巻きつけ、自然なボディラインを消して抽象的なボディをつくりだす。あれこれ形をつくったり、組み立てたりしているうちに、たまたま服になったという感じだ。

2016-’17年 秋冬コレクションの“超構築的ドレス”。ナイロンのネックピースは幾何学的なフォルムの精密なハニカム構造
ワンピース¥169,000、Tシャツ¥17,000、レギンス ¥18,000、靴¥39,000
コム デ ギャルソン(ジュンヤ ワタナベ・コム デ ギャルソン)
TEL. 03(3486)7611
ワタナベの作品の中には高度に抽象化されているために、狂気の域に達しているとさえ思えるものもある。図形を組み合わせて立体感を出した、くすんだ赤いケープにはグリュイエール・チーズのようにぼこぼこ穴があいている。体に着せられているのでなければ "服" とは呼べないだろう。おまけにボタンやファスナーなどの留め具、スリーブやカラーなどの余分なディテールはいっさいない。折り紙のようにファブリックを折って立体的な造形を生み出す工程には妥協を許さない "ものづくり" の技術が活かされている。まるでボードに書かれた複雑な数式を見ているようで、構造の数学的正確さに魅了されずにはいられない。駆け出しのデザイナーだったワタナベに影響を与えたのはピエール・カルダンだというのは意外だった。だが、妥協のない造形や幾何学的フォルムへのこだわりという点で、確かにふたりには共通点がある。
イッセイ・ミヤケ(三宅一生)もワタナベが影響を受けたデザイナーだ。ワタナベはファッション雑誌に載っていたイッセイ・ミヤケの作品の新しさに興味をもった。ワタナベは言う。「ミヤケ以前のデザイナーたち(ディオールなどの有名デザイナー) は身体にぴったりフィットした服をつくろうとしていました。そして、イッセイ・ ミヤケがそういう考え方を根底から覆して、斬新なアイデアを持ち込んだことに強い衝撃を受けたんです。僕も何かをつくりだしたい。これまでのデザイナーとはまったく違う服をつくりたいと思うようになりました」