BY HIROKO NARUSE
美しいジュエリーには、理由がある。洗練されたジュエリーはどのようにして創られるのか。その工程を体感しながら知ることができると聞き、銀座のミキモトホールで開催中の「The Eyes and Hands — クラフツマンの感性 ―」展を訪れてみた。会場に足を踏みいれると、乳白色のベールに囲まれた空間が広がり、透明な球体に包みこまれたジュエリーが宙に浮かぶ。
まずは、デザイン工程からスタート。デザイナーによるデモンストレーションイベントでは、トレーシングぺーパーにデザイン画を描き、彩色して仕上げる作業の様子を見学することができる。日本画専用の面相筆という極細の筆と墨を使ってアウトラインを描くのが“ミキモト流”。また、会場入口で手渡される特別なカードをテーブルに置くと、デジタル映像効果によって、自分がジュエリーのデザイナーになったかのように、作業中の目線までも体感できるのだ。
次のコーナーでは、デザイン画がジュエリーになっていく工程の映像が流れる。クラフツマンによるデモンストレーションイベントでは、ツール類がずらりと並ぶ作業台で、「ミル打ち」など金属への彫刻が実演される。明治期に西欧からもたらされ、その後、独自の進化を遂げたミキモトならではの技法を間近に見ることができるのだ。
ここで展示されているリボンのブローチは、ケシと呼ばれる極小の真珠をヤスリで削って面をつけ、地金に隙間なくセットする「ケシ定(き)め」という技法を駆使して仕上げられたものだ。そのほか「透かし彫り」や「カリブル留め」など、優れた技法を用いて作られたジュエリーを見られるのが興味深い。
3つめのコーナーでは、カードに投影される映像で、パールのネックレスができるまでの作業を見ることができる。色や光沢によってグループ分けした真珠を並べ、隣り合う真珠が統一感のある輝きを放つよう並びを決めていく「連相」と呼ばれる作業は、ミキモトのクオリティへのこだわりが最も発揮されるところだ。そのかたわらにはハイジュエリーがディスプレイされており、それらが真珠のクオリティの高さと、卓越したテクニックの両輪によって創りあげられたものであることを改めて実感させられる。
ミキモトの創業者、御木本幸吉は、1893年に養殖真珠の発明に成功し、それまで限られた階層の人々のものだったパールジュエリーを一般に広めた。6年後、御木本真珠店を東京・銀座に開店。当初から宝飾におけるデザインの重要性を認めていた幸吉は、欧米に研究員を派遣し、西洋風のデザインと伝統的な製作技術を研究させた。彼らが持ち帰った資料や実物をもとに、1907年に図案室を設立し、日本と西洋のデザインを融合したジュエリーの製作に取り組んだ。また同年には、御木本金細工工場(現:ミキモト装身具)を開設し、養殖真珠の生産からジュエリー製作、販売までの一貫体制をいち早く実現した。
このような経緯を経て、日本古来の伝統的モチーフを真珠を用いて感性豊かに表現する独特のデザイン様式「ミキモトスタイル」が誕生した。伝統的な錺職(かざりしょく)の技とヨーロッパの製作技術が融合したテクニックがデザインに命を吹き込み、独創的なジュエリーを創り出してきたのだ。大正から昭和にかけて確立されたこのスタイルは、現在も脈々と受け継がれている。
この展覧会を通し、クラフツマンの「目」や「手」を体感することで、通常は明かされないハイジュエリーのバックグラウンドをさまざまな角度から知ることができる。美を具現化するには情熱、柔らかな発想、地道で誠実な努力の継続が不可欠であることも。夏のひととき、眼福と知的好奇心を満たすため、銀座へ足を運んでみてはいかが?
『The Eyes and Hands — クラフツマンの感性 ―』
会期:〜9月2日(月)
会場:ミキモト銀座4丁目本店 7Fミキモトホール
住所:東京都中央区銀座4-5-5
開館時間:11:00〜19:00(最終入場18:45)
休館日:8月21日(火)※ 8月30日(金)は14:00~開場
入場無料
電話: 03(3535)4611
公式サイト
<クラフツマンによるデモンストレーションイベント>
8/14(水)、20(火)14:00〜、16:00〜 ※ 各回30分程度
申込不要、参加無料(混雑時は入場制限の可能性あり)