南半球のファッションやデザイン、写真にフォーカスした書籍『PROUD SOUTH』が出版された。ブラジルや南アフリカ、インドなど南半球の国々をルーツに持つクリエイターたちによる、溢れる才能とエネルギーが漲るヴィジュアルが圧倒的だ。その光は、現代のファッションシーンをどのように照らすのか。来日した発行人のトレンドユニオン代表、リドヴィッジ・エデルコートと、10年来の親交があるというユナイテッドアローズ上級顧問の栗野宏文が、ファッション産業が抱える問題点と未来を語らう

BY RIE KAMOI, PHOTOGRAPHS BY SHINSUKE SATO

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画像: デザイナーのディーヴァがウエアを製作。柔らかな素材感とデザイン、そしてエモーショナルな光がマッチ PHOTOGRAPH BY ROGÉRIO CAVALCANTI

デザイナーのディーヴァがウエアを製作。柔らかな素材感とデザイン、そしてエモーショナルな光がマッチ 
PHOTOGRAPH BY ROGÉRIO CAVALCANTI

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栗野 まだEUが成立する前の1999年、パリで『Bloom(花)』という雑誌を買いました。これはリーさんが作られた花や植物をフィルターにしたファッション雑誌ですね。僕が購入した3号は「Mother Earth」というタイトル。「地球に目を向けること、自然は私たちの母である」というサステナブルの根源とも言えるメッセージにとても共鳴したことを覚えています。ファッションでこうした視点を持つことにかけては先駆けだったと思いますが、このアイデアはどこから得たものですか?また最近のサステナブルな取り組みを教えてください。

LE 『Bloom』はアートやフード、インテリア、ファッションをインスパイアする植物の可能性をクリエイティブに表現する雑誌として創刊しました。人間のものづくりの根源を考えたとき、ガーデニングやボタニカルなヒーリングの世界を無視できなかった。これもカルチャーの一部と捉えているからです。

 最近のサステナビリティに関する活動でいうと、イタリアのファッションスクール、ポリモーダで、from farm to fabric to fashionをテーマにテキスタイルの根源から考えるというファッションのマスターコースを始めました。土をいじり畑を耕して綿花や麻を育てたり、オランダのリネンの自然染めや海藻を使ったコンセプトワークなどを通して、繊維に関して学びます。深めた知識をもとに美しいテキスタイルを作り上げ、服に仕立てていきます。ファッションの歴史を紐解いていくことこそ、ファッションのサバイバルにつながると考えています。私はファッションを愛しているし、生き残らせたい。だから常に新しい可能性を探求したいのです。

画像: インドのボボ・カルカッタがデザインしたドレス。自然と生命を掛け合わせたようなエネルギー漲るスタイルと写真 PHOTOGRAPH BY ARKA PATRA

インドのボボ・カルカッタがデザインしたドレス。自然と生命を掛け合わせたようなエネルギー漲るスタイルと写真
PHOTOGRAPH BY ARKA PATRA

画像: (左)栗野宏文。ユナイテッドアローズ上級顧問クリエイティブディレクション担当 (右)リドヴィッジ・エデルコート。トレンドユニオン代表

(左)栗野宏文。ユナイテッドアローズ上級顧問クリエイティブディレクション担当
(右)リドヴィッジ・エデルコート。トレンドユニオン代表

栗野 リーさんはまた、ジェンダーの問題、女性たちの生き方や権利について俯瞰し、常に時代の流れを捉えてきたと思います。僕は今年、数年ぶりにロンドンとパリを訪れて主要なミュージアムを周りましたが、女性にフォーカスした展示が目立っていました。女性のムーブメントがコンテンポラリーな話題になり、社会的不平等がクローズアップされる中で、すべての問題の本当の中心にいるのは、やはり女性なのではないかと感じています。

 僕自身、アフリカをリサーチしていて興味深かったのが、古代アフリカでは王や女王に同性のパートナーや恋人がいたというもの。そういった歴史もあるからか、アフリカの写真家はジェンダーについて広い視野を持っていて、作品に自由さを感じますね。

LE ジェンダーについては、2023年春夏シーズン向けに『GENDERING(性別)』と題したトレンドブックを出しました。発行に向けて徹底的なリサーチと研究を重ねた結果、多くの人々がジェンダーニュートラルであるということがわかったのです。男女の性のいずれにも偏らない、どちらでもないという考え方。また、ネイティブ・アメリカンやアフリカの部族の中には、二つの精神を持った人々も多くいる。自分が性別を決めるのではなく、祖先や部族が決めるといった、私たちとは違ったジェンダーに対する考え方にとても感動を覚えました。

画像: インド出身のデザイナー、アニース・アロラによる伝統的なドレスなどにインスパイアされたウエア。撮影は同じくインド出身のドリー・デヴィ。若きクリエイターの新たな才能が垣間見える PHOTOGRAPH BY DOLLY DEVI

インド出身のデザイナー、アニース・アロラによる伝統的なドレスなどにインスパイアされたウエア。撮影は同じくインド出身のドリー・デヴィ。若きクリエイターの新たな才能が垣間見える 
PHOTOGRAPH BY DOLLY DEVI

画像: スリランカのジェンダーレスブランド「アメッシュ」がデザイン。気持ちを解放し自由へと導く、そんな境地を捉えたような一枚 PHOTOGEAPH BY RYAN WIJAYARATNE

スリランカのジェンダーレスブランド「アメッシュ」がデザイン。気持ちを解放し自由へと導く、そんな境地を捉えたような一枚 
PHOTOGEAPH BY RYAN WIJAYARATNE

栗野 また現代のファッション産業において、マーケティング、ソーシャルメディア、システムそのものが均一性を追求し、それらがファッションを殺している、苦しめているのではないか。こうした危機感をリーさんと共有できていることを、とても心強く思っています。僕やリーさんはなるべくトレンドという言葉は使いたくないし、この言葉が意味を持つ時代は終わったと思っています。しかし、僕たちがファッションの可能性を信じていることに変わりはない。同じ地球上に存在するクリエイティブの芽やパワー、素晴らしい歴史や伝統の背景に目を向ける過程に入らなければならない時です。

画像: ブラジルのブランド「フォン・トラップ」がデザイン。カラーリングや生地の組み合わせがユニーク PHOTOGRAPH BY GLEESON PAULINO

ブラジルのブランド「フォン・トラップ」がデザイン。カラーリングや生地の組み合わせがユニーク 
PHOTOGRAPH BY GLEESON PAULINO

LE 南半球の国の人々は植民地時代を終えてもなお、ヨーロッパ的なファッションスタイルを続けてきました。ヘアスタイルやハイヒールのシューズ、派手なメイクアップ……。オリジンや自分らしさを求めることに、勇気が持てなかった時代が長かった。しかし、「そろそろいいのではないか」「個性を発揮したい」という思いが、若い世代から芽生えてきています。その芽はまだまだ小さいですが、自分たちなりのアイデアや発信方法を使って、時間をかけながら広がっていくと確信しています。

ファッションも「ポストコロニアリズム」と向き合うとき

栗野 ユナイテッドアローズでは2013年に国連国際貿易センターのプロジェクトである「エシカル・ファッション・イニシアティブ(EFI)」と協業して、「TÉGÊ UNITED ARROWS(テゲ ユナイテッドアローズ)」というアフリカの女性の手仕事にフォーカスしたプロジェクトをスタートしました。僕自身も、パリやミラノ、NYとは対照的に、アフリカやインド、ブラジルといった南半球のクリエイションは不当に扱われてきたのではないかと考えていました。

「TÉGÊ」に加えて、僕はLVMHプライズの外部審査員として、アフリカのデザイナーと接する機会も増えてきました。一方いわゆるモード界では、パリ・ファッション・ウイークに公式参加したということが一つのステータスとして扱われることが前提にある。でもそんなことは関係ないと思っています。

画像1: ファッションも「ポストコロニアリズム」と向き合うとき

LE その通りです。南半球のクリエイターたちは、誰かの意見に左右されるのではなく自分たちの仕事をしているのです。さらに南は北と違うタイムラインの気候で生きていて、彼ら特有の生活や思考のリズムがある。自分たちの領域の中で、カルチャーや彼ら自身の認識が回っているのです。

栗野 僕は今こそ、ポストコロニアリズム(ポスト植民地主義)の考えにファッションが向き合うべきだと思っています。第二次世界大戦後、植民地支配を脱して独立を果たす地域が世界中で増えていきましたが、旧植民地に残る課題はいまだに多い。単純に植民地主義が終わったということではなく、なぜ植民地主義というものがあったのかということを遡って考える必要がある。たとえ国の制度は変わっても、白人が偉くて有色人種は偉くないという目線、少数民族やLGBT、障がい者といったマイノリティへの差別の問題は20世紀から延々と続いている。マジョリティーは正しいのか? マイノリティは上を見上げ続けて暮らさなければいけないのか? これこそポストコロニアリズムの考えであり、私たちが突きつけられている問題です。

画像2: ファッションも「ポストコロニアリズム」と向き合うとき

LE パリ・ファッション・ウイークを訪れた際に、ブラジル人のジャーナリストが『PROUD SOUTH』を読んで思わず涙が出たと言っていました。「私たち南半球の人間は、どこかでヨーロッパ的な考え方を強いられ、その中に閉じこもっていたのかもしれない。私たちは本当の意味でそこから踏み出し、解放されることがあるのだろうか」と訴えていました。

 ポストコロニアリズムについては、おそらくこれからも長く、そしてゆっくりとしか解決していかないでしょう。残念ながら、現代のファッション産業においてもそうした構造は続いているし、改めて考える必要があります。解決のために取り組んでいくこと、始めることが大事です。

栗野 ファッションにはできることがある。少しかもしれないけれど、人々の意識を変えることができる。ファッションを通して問題と向き合うヒントを、『PROUD SOUTH』が与えてくれると確信します。

ベージュはもっと美しいものになり得るかもしれない

栗野 最後に改めて、“Emancipation(解放)”について。今、この時代に強いメッセージ性を持った『PROUD SOUTH』を出版されることに大きな意味を感じます。

画像: モロッコ出身の写真家、マウス・ランバラットは「ヴォーグ」などモード誌の表紙を取り下ろした経験も。現代のデザインを掛け合わせた唯一無二の視点 PHOTOGRAPH BY MOUS LAMBARAT

モロッコ出身の写真家、マウス・ランバラットは「ヴォーグ」などモード誌の表紙を取り下ろした経験も。現代のデザインを掛け合わせた唯一無二の視点 PHOTOGRAPH BY MOUS LAMBARAT

LE 解放、すなわちこれまでの視点や意識を変えるべき時代が、今まさにやってきています。決して特別なことではなく、目の前にある日常的なものを違った観点で捉えるということが、一番大きな意味を持つのではないでしょうか。

 例えば、私たちが無意識に考える色や素材の役割について解放してみましょう。ベージュは永遠にベーシックなものではなく、もっと美しいものになりえるかもしれない。デニムも機能的なものではなく、ファンタジーの世界に入れるかもしれない。全てのものに関して、逆転して考えていくべきです。

栗野 ファッション業界に長く携わる僕たちでさえも、気づいていないことが多いですね。南半球の国々は地理的に遠い存在であるがゆえに、私たち日本人も誤った認識で理解していることもある。リーさんが言う逆転の発想で、地球を上下、反対にすることで、目線を変えて知識を深めてみてはどうでしょうか。ぜひ地図を見る機会を持ってほしいと思います。

追記:この対談からわずか1週間後、エジプトでの『国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)』において、気候変動による悪影響に対して脆弱な途上国を支援する基金の設立が発表され、いわゆる先進国の経済活動に起因する環境破壊に関して、主に南半球諸地域へのサポートがアナウンスされた。その記事を読んで、栗野はあらためてリー・エデルコートという人物の先見性の鋭さを痛感したという。
「まさに”プラウド・サウス”ではないか」と。

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