BY ASAKO KANNO, PHOTOGRAPHS BY MISUZU OTSUKA, STYLED BY TAMAO IIDA HAIR BY JUN GOTO AT OTA OFFICE, MAKEUP BY KANAKO YOSHIDA MODEL BY MAE AT BRAVO MODELS, SELECTION OF BOOKS & REVIEW BY CHIKO ISHII
ひるねのとき、香水をつかう。
──『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』「ひるねの作法」より
小津夜景「ひるねの作法」
『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版)所収
フランス在住の俳人・小津夜景が、魔法のような筆運びで、「ひるね」という漢詩と、ひるねのときにしている香水遊び、ボードレールの香気ただよう詩「交感」をつなぐ。文庫本にしみこませたダークブルーという香水を味わい、詩の世界が脳裏に広がるくだりに陶然としてしまう。読んでいると自分の好みの香りを探りたくなり、ひるねもしたくなる。「交感」と「ひるね」をていねいに読み解いた後半は、知的好奇心が刺激される。さまざまな言葉、さまざまな時間を絶妙なバランスでブレンドした、この文章自体が贅沢な香水のようだ。
身も心もすりへる瞬間瞬間にかろうじて残された温度を、一握り、灰を掴むように詩に込める。
──『奥歯を噛みしめる 詩がうまれるとき』「間隙の卑しさの中で」より
キム・ソヨン「間隙の卑しさの中で」
『奥歯を噛みしめる 詩がうまれるとき』(かたばみ書房)所収
自分のなかの世界を変えてくれるような詩は、既成概念への反逆から生まれるのではないか。「間隙の卑しさの中で」は、韓国の詩人キム・ソヨンのエッセイだ。詩を書く過程を「口を封印したまま体で叫ぶ悲鳴」のような文章で綴っている。繰り返し出てくる「間隙」とは何なのか、わかりやすい説明はない。ただ詩人はノートをめくり、もがきながら言葉をつかみとろうとする。美しさから得体のしれぬ生臭さが漂うまで、苦しみが卑しさの別の顔だとわかるまで、決して安易なところで妥協しない。格闘した先に不思議な解放感がある。
石井千湖(いしい・ちこ)
書評家、ライター。大学卒業後、8年間の書店勤務を経たのち、書評家、インタビュアーとして活動を始める。新聞、週刊誌、ファッション誌や文芸誌への書評寄稿をはじめ、主にYouTubeで発信するオンラインメディア「ポリタスTV」にて「沈思読考」と題した書評コーナーを担当。著書に『文豪たちの友情』(新潮文庫)、『名著のツボ 賢人たちが推す!最強ブックガイド』(文藝春秋)、『積ん読の本』(主婦と生活社)(10月1日発売予定)。T JAPAN webにて連載中のブックレビュー「本のみずうみ」も好評。
▼あわせて読みたいおすすめ記事