BY ASAKO KANNO, PHOTOGRAPHS BY MISUZU OTSUKA, STYLED BY TAMAO IIDA HAIR BY JUN GOTO AT OTA OFFICE, MAKEUP BY KANAKO YOSHIDA MODEL BY MAE AT BRAVO MODELS, SELECTION OF BOOKS & REVIEW BY CHIKO ISHII, SPECIAL THANKS TO FUJIMI PANORAMA RESORT
わたしは今や、真実トウモロコシ畑のど真ん中で暮らす者となった。
──『イリノイ遠景近景』「トウモロコシのお酒」より
藤本和子「トウモロコシのお酒」
『イリノイ遠景近景』(筑摩書房)所収
ブローティガンの翻訳で知られる藤本和子の「住処」をめぐるエッセイ。ずっと都会にしか住めないと思いこんで生きてきた翻訳家が、アメリカ・イリノイ州のトウモロコシ畑の真ん前にある家で暮らす。空が180度の視界で見渡せる場所があるという小さな田舎町での生活は、どこか現実感がない。でも自分は「よそ者」と思うこともあまりないというくだりがいい。無理になじもうと頑張るわけでも、交流をあきらめて閉じこもるわけでもなく、平常心で地に足をつけて生きている感じに憧れる。犬種がわからない保護犬ポチも魅力的だ。
そんな脈絡のない断片だけの記憶が、あの町にはたくさんある。
まるで読みすぎてページがばらばらになってしまった絵本みたいに。
──『文化の脱走兵』「あの町への切符」より
奈倉有里「あの町への切符」
『文化の脱走兵』(講談社)所収
ロシア文学研究者の奈倉有里が、1 歳から8 歳まで住んでいた町の記憶をたどる。公団住宅が立ち並んでいたその町は、今はもう跡形もなく消えてしまった。しかし、「子供時代への切符」というロシアの詩を切符にして時間旅行をするのだ。自分のなかの世界地図を広げてくれた父、お金はなくても明るく生活を楽しんでいた母、雪の日に撮った家族写真。郷愁に動かされて、著者は思い出の町があった場所を実際に訪れるが……。愛おしい過去は、たとえ失われてしまっても、現在から未来へ旅を続ける自分を支えてくれると思える一編だ。
石井千湖(いしい・ちこ)
書評家、ライター。大学卒業後、8年間の書店勤務を経たのち、書評家、インタビュアーとして活動を始める。新聞、週刊誌、ファッション誌や文芸誌への書評寄稿をはじめ、主にYouTubeで発信するオンラインメディア「ポリタスTV」にて「沈思読考」と題した書評コーナーを担当。著書に『文豪たちの友情』(新潮文庫)、『名著のツボ 賢人たちが推す!最強ブックガイド』(文藝春秋)、『積ん読の本』(主婦と生活社)(10月1日発売予定)。T JAPAN webにて連載中のブックレビュー「本のみずうみ」も好評。
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