鮨の華ともいうべきマグロが、今、危機に瀕している。マグロ本来の香りをもった「成魚の太平洋クロマグロ」が消えつつある日本の水産資源の現状を、マッキー牧元が追った

BY MACKY MAKIMOTO

 1997年に出版された『すきやばし次郎 旬を握る』という本がある。小野二郎氏の全仕事を徹底して取り上げた本だが、うち一章でマグロの全仕事が紹介されている。毎月入荷するマグロの特徴が、月ごとに写真とともに説明されていて、たとえば12月の赤身には「香りも甘みも充分。味に深みがある」。5月は「酸味と香りが軽い」とコメントされている。

「だけどあんなことは、今ではやろうと思ってもできません」。毎月生マグロを市場の仲卸で吟味し、仕入れるということができなくなってしまったのである。今は選べず、信頼のおけるマグロ仲卸が選りすぐったものを仕入れるしかない。「今、本当に『これはうまい!』と思うマグロは、秋口の一番いいときで5本に1本ぐらいでしょうかね」

 ここ3年、太平洋クロマグロの漁獲量の減る速度は加速し、5年後には「すみません。今日はマグロありません」という日がきてもおかしくないという。その最も大きな原因は“巻き網漁”だといわれている。マグロは回遊魚で、太平洋クロマグロ(本鮪)は、2〜3月頃に九州の南から北上を始める。日本海ルートか太平洋ルートを通り、途中産卵しながら次第に魚体を大きくし、秋口には津軽海峡に達し、また南下していく。

 先に挙げた本には各地での捕獲法も記されており、「一本釣り」「定置網」「はえ縄」「曳き網」はあるが巻き網はない。巻き網漁とは、ソナーで魚群を探知し、大型の網を広げて大群で回遊する魚を群ごとすばやく包み込んで獲る漁法である。一度に大量に捕獲できて効率がいいが、乱獲にもつながってしまう。いったい今、日本の漁業はどうなっているのか? 水産資源の管理状況を研究し、各方面で発信している学習院大学の阪口功教授に話を聞いた。

画像: 国際法や地球環境ガバナンスを専門とする学習院大学法学部の阪口功教授。フェアな視点から、日本の水産資源管理の現状を訴える PHOTOGRAPH BY TOMOKO SHIMABUKURO

国際法や地球環境ガバナンスを専門とする学習院大学法学部の阪口功教授。フェアな視点から、日本の水産資源管理の現状を訴える
PHOTOGRAPH BY TOMOKO SHIMABUKURO

「太平洋クロマグロは、2014年にIUCN(国際自然保護連合)により絶滅危惧種に指定されています。2012年頃にはすでに資源が枯渇し、資源管理を強化しなければいけないことは明白でしたが、日本政府は漁獲規制を強化しようとせず、夏の産卵期の大量漁獲が続いた。

マグロは毎年、産卵期には同じ場所に集まってくるので、そこで待ち伏せし、大きな巻き網で根こそぎ漁獲してしまいます。そのためほかのところでは極端に獲れなくなり、一本釣りの漁業者などは生活が成り立たない状況に追い込まれています。しかし規制がないので獲れるときに獲ってしまう。産卵期のマグロは身質が劣るために非常に安値で、築地でもさばききれない。ひどいときはキロ数百円といった値段で相対で取引されて、スーパーや回転寿司などの値段重視の部門へと大量に流れていきます。本マグロが客寄せ商材として扱われているわけです」

 しかし資源量の低下が指摘され、2015年からやっと漁獲量規制が始まった。それでも太平洋クロマグロの資源が今も不安視されているのはなぜなのだろう。
「マグロは多くの種があって世界中の海で獲られており、国際機関でそれぞれ管理されています。その中で、太平洋クロマグロは非常に深刻な資源状態にある。問題は、太平洋クロマグロを主に日本が獲っているということなのです。日本は世界でも突出して魚を食べる国ですが、一方で水産物の持続性については消費者も漁業者、行政府も非常に意識が低く、適切な資源管理が行われていない。

大西洋クロマグロも一時は壊滅的状態にありましたが、2010年にワシントン条約で取引停止案が出て以来、ICCATという地域漁業管理機関が厳しく漁獲量を規制して今は劇的に回復しつつあります。太平洋クロマグロも似た生物学的特性をもつため、資源管理を的確に行えば一気に増えるはずですが、日本の反対で緩い国際規制となっているため、ゆっくりとしか増やすことができない。本来は、禁漁にしてもいいぐらいの資源状態なんです」

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