食材にこだわりのある料理家から絶大な信頼を集める「エコファームアサノ」の浅野悦男。「人と同じことはしたくない」と、世界中の野菜やハーブを栽培し、成長途中の野菜を提供するなど、料理家たちのクリエイティビティを常に刺激し続けている

BY YUMIKO TAKAYAMA, PHOTOGRAPHS BY BUNGO KIMURA

 チャレンジすることを恐れない、価値観の近い人がどんどん浅野の元に集まり、そこから新しいことが生まれる。すべてが人のつながりだと浅野は言う。料理人は浅野が作る野菜に刺激され、浅野はその料理人が生み出すクリエーションに刺激される。フランスやイタリアにはどんな野菜があるのか料理家たちと話をし、本を読み、ネットで検索し、次はどんな野菜を作ったら料理人は面白がるだろうと想像をふくらませる。研究は浅野にとって野菜を作ると同じぐらい、重要なプロセスなのだ。「自分は、取引をさせてもらっているレストランのスタッフの一人だと思っているんです」

画像: 都内のレストランのシェフやスタッフたちが、イタリアのハーブ、フィノキエット(フェンネル)の収穫を手伝いに COURTESY OF ECO FARM ASANO

都内のレストランのシェフやスタッフたちが、イタリアのハーブ、フィノキエット(フェンネル)の収穫を手伝いに
COURTESY OF ECO FARM ASANO

 浅野は昭和19年生まれ。高校を中退後、17歳から実家の農園を継いだが、農家が自由に農産物に値段をつけて売れないシステムに疑問を抱き、「いいものを作れば高値で売れる」と独自の販路を開拓。90年代後半からルッコラをはじめとする西洋野菜を育て始め、現在は随時50種類を栽培。つねに5〜6種類は新しい野菜の栽培に挑戦し、失敗に終わるものも多いという。

「『農業はこうでなければならない』と思うこと自体がまずダメなの。農業なんて、もともと開拓することが使命なんだから。料理も一緒。フランス料理はこうでなければならない、と自分のなかで決めつけたら、新しいものは生まれない。一般の消費者と、レストランで使っている野菜のあいだに違いがほとんどないのはあまりにも残念すぎる。野菜に付加価値をつけるのは料理人です。料理人が欲しがれば、その野菜の値段も上がるし、作る人も増えて品質も上がっていく。でないと、いつまでも輸入に頼ることになる」

画像: 2018年夏、東京・六本木「ブリコラージュ ブレッド アンド カンパニー」のキッチンにあった浅野の野菜。ひとつひとつに存在感がある

2018年夏、東京・六本木「ブリコラージュ ブレッド アンド カンパニー」のキッチンにあった浅野の野菜。ひとつひとつに存在感がある

 たとえば、国内で小麦を作っている農家が少ないのは、輸入品が安いため、作っても商売にならないから。エコファームアサノでは現在、香り高い在来種のイタリア小麦を栽培しており、近い将来、「ブリコラージュ ブレッド アンド カンパニー」でこの小麦を使ったパンが並ぶ予定だ。ほかの誰かが作っているものと同じ野菜を作るのではなく、ほかにない野菜を作り、付加価値をつけることで、新たな販路が広がる。そういった農家が増えれば、社会問題となっている農業の後継者不足も改善されるかもしれない。

画像: 力強い味わいの在来品種のイタリア小麦の収穫。パン職人やイタリア料理店に出荷される COURTESY OF ECO FARM ASANO

力強い味わいの在来品種のイタリア小麦の収穫。パン職人やイタリア料理店に出荷される
COURTESY OF ECO FARM ASANO

 今年、浅野は75歳になる。農家としては大ベテランの域に入るが、それを一人前と呼ぶのは違和感があると言う。「17歳から農業を始めて、まだ五十数回しか収穫できていない。環境も天候も毎年違うし、同じ野菜はできない。ワイン造りと一緒だね。そういった野菜を楽しんでくれる受け皿がないと。だからこそ、人とのつながりが大切なんです」
 浅野の挑戦はこれからも続く。彼の野菜を求める料理人たちとともに。

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