果樹の剪定した枝を焼いて炭にし、畑に撒く。すると微生物の力で土は豊かになり、果実が健やかに育くまれる。ゴミを出さず、大気中の二酸化炭素濃度の低減を目指すーー。そんなことは可能なのか? 全国に先駆けて山梨が取り組む「4パーミル・イニシアチブ」とは何か。その実践に挑みながら、評判の桃を育てる農家を訪ねた

BY MIKA KITAMURA

 じゅわーっとふくよかな甘みと香りが口の中に広がる。その桃は薄い紅色に染まり、ずっしり重かった。皮は指だけでするりとむけて、クリーム色の肌はなめらかでつやつやと輝く。清らかな、至福の味わいだ。

 見事なこの桃の生まれ故郷は、山梨県山梨市。作り手は「興隆園」の丹澤修さん。こんな桃が育つ畑は美しいにちがいない。

画像: 桃の収穫期は7月〜9月。興隆園では、約20種類の桃が1週間ごとに入れ替わる。そばかすのような「果点」が出てきたら糖度が上がってきた証拠。桃は追熟して甘くなることはないのだが、置いておくと果肉はやわらかくジューシーになり、甘さを感じやすくなるのだとか COURTESY OF KO-RYU-EN

桃の収穫期は7月〜9月。興隆園では、約20種類の桃が1週間ごとに入れ替わる。そばかすのような「果点」が出てきたら糖度が上がってきた証拠。桃は追熟して甘くなることはないのだが、置いておくと果肉はやわらかくジューシーになり、甘さを感じやすくなるのだとか
COURTESY OF KO-RYU-EN

 フルーツ王国・山梨県。日照時間が日本で最も長いといわれ、昼夜の寒暖差が激しい。甲府盆地は水はけがよく、果樹栽培に最適な扇状地が広がる。ミネラルウォーターの生産量が日本一であり、良質な水の恩恵も受けられる。場所によって標高差があり、収穫時期がずれるため、市場への出荷が長い期間可能である。桃、ぶどう、すももの生産量が日本一というのも頷ける。

 そんな山梨県甲府盆地で果樹園「興隆園」を営む丹澤さんにお会いできたのは、梅雨が明けたばかりの、35度を超す猛暑の午後だった。収穫期の超多忙な合間を縫って、桃づくりをめぐる現在の取り組みについて話してくれた。
「興隆園」は、農薬の使用回数をぎりぎりまで減らし、有機肥料を使った特別栽培を始めて20年になる。きっかけは、近隣農園の桃と自分が育てたものを食べ比べたときのこと。「うちの桃が一番まずかったんです。見た目は大きくておいしそうなのに、食べたら大根みたいにガリガリしてて。ショックでした」。どうしたらおいしく育てられるか。悩みに悩んでいたとき、有機栽培のデコポンを食べて衝撃を受けた。そのおいしさに、これだ!と閃いたという。丹澤さんが、特別栽培へ舵をきった瞬間だった。

「ただ、有機栽培は果物栽培において実に難しい。例えば、何年もかけて育てた木が、病気になったり虫にやられたりすると、それまでの数年間が無駄になります。まずは減農薬有機肥料で特別栽培を始めました。そのためには、土づくりが肝心でした」。

 興隆園では、さまざまな有機発酵肥料を撒くほか、草生栽培と呼ばれる方法も取り入れている。草生栽培とは、果樹園に下草を生やすことで、それらの根を利用して土壌流出を防いだり有機物を補給したりする方法だ。丹澤さんは、ライ麦や、ヘアリーベッチという名のマメ科の植物なども下草として植えている。ヘアリーベッチの根は窒素を取り込んで土に栄養を与え、ライ麦とともに余分な雑草が生えるのを抑制する。やがて枯れれば肥料としてすき込む。スタートして約5年を経て、雨が降ればぬかるんで硬くなってしまう土から、微生物が育つふっくらと豊かな土壌に変わったという。そして、作物の風味がぐんとアップした。

 果樹園の土地をさらに豊かに、そして、環境に配慮した取り組みを昨冬から始めた。「4パーミル・イニシアチブ」だ。これは、‶世界の土壌表層の炭素量を年間4パーミル増加させれば、人間の経済活動などによって増加する大気中の二酸化炭素の増加を実質ゼロにすることができる″という考え方に基づく取り組みだ。2015年のCOP 21(国連気象変動枠組条約締結国会議)においてフランス政府が提唱し、現在、日本を含む719の国や自治体、国際機関などが参画。国内の地方公共団体では初めて、山梨県が2020年4月に参加した。

画像: 剪定した果樹の枝をまとめて無煙炭化器で焼き、炭化させる。写真の枝はぶどう COURTESY OF YAMANASHI PREFECTURE

剪定した果樹の枝をまとめて無煙炭化器で焼き、炭化させる。写真の枝はぶどう
COURTESY OF YAMANASHI PREFECTURE

 山梨県が行う農業分野での「4パーミル・イニシアチブ」の取り組みの一つとしてユニークなのが、桃やぶどうなどの果樹の剪定枝を燃やして炭にし、土に戻すという農法だ。果樹の剪定枝には、光合成によって多くの炭素が蓄積されている。堆肥やチップにして土壌に戻しても、いずれ分解されて炭素は放出されてしまうが、炭化させることで、炭素を半永久的に土壌にためられるようになる。

「山梨でも古くから剪定枝を燃やし、灰や炭にして土に戻すという農法があったんです。灰にすれば二酸化炭素に戻ってしまいますが、炭にすることで炭素を土に貯めておけるのです」と山梨県農政部農業技術課の長坂克彦さんが教えてくれた。「この農法はまさに4パーミル・イニシアチブにつながるものだと、県として、古くからの農法を推奨していくことに決めました」。

 昔から行われてきたことが、地球に優しい農法だったとは、やはり先人の知恵に学ぶことは多い。無理矢理こじつけて始めるプロジェクトとは異なり、その効果を経験から知っている生産者たちには安心感もある。ちなみに、この農法は欧米諸国では行われておらず、日本独特のもののようだ。ヨーロッパでは、4パーミル・イニシアチブは主に不耕起栽培で実施されている。

画像: 枝を炭火させたものを畑に撒けば、土壌を改良する効果とともに、炭素を土中にためられる効果がある。「葉は落ちて土に戻る。枝は切って燃やせば炭になり、土に入れられる。だから、肥料は収穫された桃の分だけ土に戻す。そんな考え方で育ててるんです」と丹澤さん COURTESY OF YAMANASHI PREFECTURE

枝を炭火させたものを畑に撒けば、土壌を改良する効果とともに、炭素を土中にためられる効果がある。「葉は落ちて土に戻る。枝は切って燃やせば炭になり、土に入れられる。だから、肥料は収穫された桃の分だけ土に戻す。そんな考え方で育ててるんです」と丹澤さん
COURTESY OF YAMANASHI PREFECTURE

「うちも剪定枝を燃やして土に戻すことはずっとしていました。ただ、焼くのが大変だったんですが、近年、持ち運び可能な無煙炭化器ができて、焼く時間が1/3に短縮されて、効率よく炭を作ることができるようになりました」と丹澤さん。剪定枝を切った圃場で炭化し、そのまま土に戻すので、運搬すれば発生する二酸化炭素はゼロ。この春から、剪定枝を全て炭にして土に入れるようになったと言う。

「その効果はまだはっきり出ていませんが、土がふかふかになってきました。もともと、苗木を育てる際、剪定枝の炭を根元に敷いていました。そうすると苗が丈夫になるんです。縮れ麺のような細い根がたくさん出てきて、土の養分をたくさん吸収できるのだと思います。しかも、炭は多孔質なので、その孔は微生物の棲家になる。これは絶対に土づくりに有効でしょう!」

画像: 丹澤 修さん。中学・高校・大学とラグビーチームで活躍してきた元ラガーマン。興隆園を営み、2ヘクタールの畑を奥様とアルバイト君の3人で手がける。現在、トライしているのは桃の有機栽培。病気をしない、虫がつかない木を育て、土づくりをし、再来年にその畑だけ有機栽培にするべく奮闘中。「有機栽培の桃を一度、味わってみたいんです。今の桃よりおいしかったら、有機栽培に変えていくことも考えたい。それほど味が変わらないのであれば、高額になるより、適切なお値段でお客様に楽しんでもらいたいので、特別栽培のままでいいと考えています」 興隆園のウェブサイトはこちら PHOTOGRAPH BY OGOTO WATANABE

丹澤 修さん。中学・高校・大学とラグビーチームで活躍してきた元ラガーマン。興隆園を営み、2ヘクタールの畑を奥様とアルバイト君の3人で手がける。現在、トライしているのは桃の有機栽培。病気をしない、虫がつかない木を育て、土づくりをし、再来年にその畑だけ有機栽培にするべく奮闘中。「有機栽培の桃を一度、味わってみたいんです。今の桃よりおいしかったら、有機栽培に変えていくことも考えたい。それほど味が変わらないのであれば、高額になるより、適切なお値段でお客様に楽しんでもらいたいので、特別栽培のままでいいと考えています」
興隆園のウェブサイトはこちら
PHOTOGRAPH BY OGOTO WATANABE

 丹澤さんの桃畑を訪ねてみれば、木は枝を存分に広げ、葉が太陽の光をいっぱいに浴びている。木と木の間隔は普通の畑よりやや広いそう。「風通しがいいと虫が付きにくく、病気も出にくい。低い部分にまで陽が当たるから桃も甘くなるんです」。下草にはハコベやヘアリーベッチがふわふわと生えて、土もふんわりやわらか。遠くに富士山を望む気持ちのよい畑で、桃は紅色を増して熟し、収穫の時を待っていた。

 山梨県では「やまなし4パーミル・イニシアチブ農産物等認証制度(R3.5)」を創設。認証基準を定め、4パーミル・イニシアチブの取り組みにより生産された果実などを、脱炭素社会の実現に貢献する農産物として認証する。丹澤さんの桃は、今夏からこの取り組みのロゴマークをつけて出荷される。また、4パーミル・イニシアチブの実践では、丹澤さんが行っている“草生栽培”や“土に堆肥の投入”なども行うそうだ。

「地球の温暖化が進んでいます。僕らは生きていく上でどうしても地球に負荷をかけています。だからこそ、果樹農家がこぞってこの4パーミル・イニシアチブに取り組んでくれたら。ひとりひとりができることは微々たるものですが、積み上げていけば大きな力になると考えています」。

「4パーミル・イニシアチブ農産物」の桃のフェア
無印良品 銀座 
実施期間:2022年7月25日(月)~31日(日)
住所:東京都中央区銀座3-3-5

やさいや金次郎 
実施期間:2022年7月23日(土)~26日(火)、7月30日(土)~8月1日(月)
住所:神奈川県横浜市青葉区もえぎ野6-5

「おいしい未来へ やまなし」
公式サイトはこちら

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